八ケ岳西壁で冬期クライミング⑩
2/13~14 阿弥陀岳北西稜が阿弥陀岳北稜になってしまったお話
メンバー:L玉谷和博(記)、SL:坂本多鶴
行く前からアプローチで「なんかスッゲーねむい~」とか「なんか天気悪そうだね~」とか「なんだかなぁ。どうする?」だとか、ウダウダとどちらともなく言い出す時は、たいがい「やめようか」となってしまう。気持ちが乗らないのだ。正月の北鎌尾根からひと月半は、ずっとこんな状態が続いていた。登攀意欲が減退している。それほど、一つの大きな目標だった“北鎌”はインパクトが強かったのです。満足してはダメだ。ただでさえ互いにかなりの怖がりだから、特に冬のバリエーションへ行く前はいつもプレッシャーに悩まされるというのに…。自分を焚きつけなければ!そこで次の新しい目標を「人工混じりのミックスルート」にして、八ヶ岳では阿弥陀北西稜と大同心正面壁雲稜ルートを目指すことにしました。
2/13(土) 松戸駅5:24-(JR)新宿駅6:06/7:00-(JR)茅野駅9:08/10:10-(バス)美濃戸口11:00/11:05 赤岳山荘11:55/12:20 行者小屋15:00 赤岳鉱泉15:20(小屋泊) [曇り]
2/14(日) 赤岳鉱泉4:30 行者小屋5:10 阿弥陀岳北稜末端5:20 北稜の核心部8:00 阿弥陀岳
9:20/9:40 行者小屋10:15/10:35 赤岳山荘12:00/13:00 美濃戸口13:30/14:45=(バス)茅野駅15:40/16:02-(JR)新宿駅16:30 [晴れ]
「君たちどこへ行くの?北西稜は北風が当たって特に寒いから凍傷に気をつけてね。スコップはいらないよ。バイルもザイルも1本でいい。こりゃずいぶん重いな。無線機は?第二岩壁は少しかぶってるから…云々かんぬん。あっ僕はこういう者なんだ」まだ誰もが寝静まった赤岳鉱泉の自炊室で山渓片手に色々とアドバイスをしてくれているのは原村在住でRCC神奈川の池学さんだった。「う~ん重いなぁ、これもいらないし…。」玄関まで見送ってくれて、話も終わりそうもない。いつも思うけど力のあるクライマーは世話好きで親切な人が多い。
3時起床の4時半出発。予報では「強い寒気が入り、山ではかなり冷え込んで雪」ということだったのに、満天の星空、無風。閉鎖中の行者小屋を過ぎて更に10分ほど南沢を下ったところが北西稜の入口だ。(赤布あり)きのう下見をしているので間違いない!…と思う。
スコップ1本とコッヘルやゴミをデポして出発。昨日もあった深いトレースは濃い樹林帯の中へと延びている。暗闇の中、急登がつづく。トレースはしっかりと付いているけれど、細い灌木がウルサくてヤブっぽい道である。視界がまったく効かないので、どこをどの辺まで登っているのかがよくわからない。ただただ目の前に延びるトレースを追って、ぐんぐんと高度をかせいでいく。
1時間半くらい登った頃ようやく視界が開けた。阿弥陀岳の頂上はまだまだはるか上だ。(あたり前だけど)「あれっ?もしかしてあれが北西稜の第二岩壁?」指さした先は隣の尾根、美しいラインのリッジと見覚えのある第二岩壁が黒々と…、?…。気づいた時はもう遅い。取り付きを間連えて、阿弥陀北稜から北西に延びる支稜へ登ってきてしまったのだ。ボー然と北西稜を眺める二人。トホホ…。もう戻る気にもならないし、それに僕は北稜にも未だ登っていないので、このままついでに阿弥陀北稜を登ることに決めた。
北稜は北西稜と比べると数段やさしい初心者用ルートなのです。「今回は特別寒いから、北稜くらいで丁度よかったんだよ」なんて、言い訳にもならないけれど自分たちを納得させる。
さらにトレースをたどると森林限界付近に東京雲稜会のテントが一張りあった。ありがたいようでありがたくないトレースの主は、どうやら彼らだったようだ。アブミを持っているところをみると、彼らも北西稜へ行く予定でルートを誤ってしまったのかもしれない。そこから先はまったくトレースがない。横岳西壁や大同心・小同心がモルゲンロートに染まってなんとも美しいロケーションのもと、ジャンクションピーク(JP)と思われる所を越えて、きれいな雪稜を行く。
阿弥陀北稜ルートは普通は、中岳沢側からアプローチしてこの辺りで合流するのが一般的です。緩やかな雪稜はしだいに傾斜を増していく。状態が悪い時にはザイルを出した方がいいかも。
ハイマツやブッシュをつかみながら登ると、北稜唯一の岩場に着く。冷たい風が吹き始めてきた。マイナス26℃。去年の小同心クラックでは-25℃で体が凍ったが今回はそれ以下だ。(北鎌では吹雪いていたせいかもっと寒く感じた。温度計を見る余裕すらなかったけど…)これらの経験があるから歩けるんだろう。岩場は巻いてパスすることも簡単だけど、それじゃ面白くない。
ここでザイルを結んで岩の左下のピンでビレイ、玉リードで岩場を登る。残置支点はたくさんあるけど、やはり寒さで体が固い。わりと傾斜の強い左の側壁から正面へ右上すると、すぐ雪稜になり45mいっぱいでハイ松でビレイ。つづくピッチは易しい階段状の岩稜から、ちょっとしたナイフエッジの雪稜。頂上はもう近いが、ザイルはまだ解かずに一応コンテで行く。ここまで来て雪質が悪い!妙にサラサラで、まるで蟻地獄のように足元が不安定だ。と思っていたら、目の前の雪面がスーッと割れた。ヤバイ~~っ、きのう大同心の大滝(実は大同心・小同心間の大同心ルンゼのトラバース部分で発生)で雪崩死亡事故があったばかりなのだ。すぐに一般道に逃げたが、ヒヤッとした。
阿弥陀岳のピークでは、南稜を登ってきた千葉山の会の倉田くんらとバッタリ会う。そのあと急な下降でもサラサラの嫌な雪質に冷や汗をかいてしまった。帰途、南沢で佐藤さん(高尾市在住、三ツ峠のヌシ)にも偶然会った。「北西稜は初めて行く人は必ず迷うね。一回で行こうなんて甘いよ」と慰みの言葉を頂き、又ガックリ。
どこでもいいから登りたいからと、ただダラダラと山行をくり返すのは主体性のない人のやることだ。常に次の目標を掲げて、それに向けてのスケジュールを立てる作業や、目指すルートのプロフィールを調べてイメージを膨らませることは、モチベーションを高める意味でも重要なことだ。僕らはアルピニズムの発展とは無縁の遅れてきたクライマーですが、一つ一つの(自分なりの)より困難な課題に挑戦して、自分の登攀の可能性をすこしづつでも押し上げていくことも、またアルピニズムだと思うのです。今また、無性に山に攀じりたい。雪山にドップリと漬かっていたい。思いつきりバイルを振るいたい。ギリギリッとする緊張感に包まれたい。クライミングがしたいっ!今回はミスってしまい、しまらない山行になってしまったけれど必ず出直してきます。
①は北稜への一般的なアプローチ
②は今回我々が間違って登ったルート
③④が北西稜へのルート
⑤は摩利支天の大滝へのルート
※入口には赤布などの目印があるので、見落とさぬよう注意。
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