アルパインクライミング
7/07~08日;谷川岳・一ノ倉沢衝立岩正面壁 ダイレクトカンテ
メンバー:L玉谷和博(記)、SL坂本多鶴
一ノ倉沢の出合から見上げる大伽藍のような岩壁群の迫力には、誰しも圧倒させられるだろう。なかでも真正面に突っ立っている三角形の岩壁・衝立岩正面壁は、とりわけクライマーの目を奪う。長い間登攀不可能とされ、また壮絶なプロフィールを持つ一ノ倉の顔・・・。今も昔もいつの時代もクライマーに挑戦する課題を提供し、その舞台となってきた。僕らにとっても、どうしても登っておかなければならない壁なのです。…そして、いつかは雲稜ルートにも登ってみたい!そのために、まずはダイレクトカンテから登ってみよう。一ノ倉沢のツイタテという独特の威圧感に押しつぶされそうになる気持ちを、「たった4ピッチだし、衝立岩の入門的ルートなんだからなんとか行けるだろう。」という気持ちがなだめながら、僕らは一ノ倉沢へと向かった。
7/06(金)松戸駅21:30=(JR)上野駅22:30=(JR)上毛高原駅23:39/23:45=(タクシー)一ノ倉沢出合0:15 [テント泊まり]
7/07(土)一ノ倉沢出合6:40~テールリッジ~中央稜基部8:00/8:30アンザイレンテラス9:00 取付点9:30~衝立岩ダイレクトカンテ~終了点18:00~北稜下降~ ビバーク地点19:30 快晴[ツェルトビバーク]
「たかが4ピッチ。されど4ピッチ。」
天気予報が一転して「快晴!」に変わったのは、出発当日の夕方になってからだった。梅雨のせいもあるし、毎週のように計画しては中止のくり返しでいいかげんにストレスがたまっていたけど、ダメモトのつもりで今週も一ノ倉沢に来ていた。「すっごいよ!見てみなよ。」朝、キジに出た多鶴ちゃんがテントの外で興奮気味に呼んでいる。「いよいよ梅雨明けか?」と思わせるような、ドピーカンの快晴。こんなにいい天気はずいぶん久しぶりだ。あわててテントを飛び出して出発する。
出合からしばらく右岸の踏み跡をたどり、本谷の雪渓へと出る。スプーンカットされた雪渓からテールリッジに取り付くと、衝立岩が圧倒的に立ちはだかって迫ってくる。真ん中の目立つジェードルがダイレクトカンテだ。テールリッジ上部でルートを眺めながらクライミングギアをつける。今日は直前まで天気予報が悪かったせいか、入山者が少ない。南稜に2パーティーと本谷に1パーティー位か?衝立岩には誰もいない。(ラッキー!) 順番待ちもないし、渋滞の原因にもならなくてすみそうだ。
「よし、行くか!」「おう!」「とっとと片付けてビール飲もうぜ!」と、アンザイレンテラスへ向かって衝立スラブを慎重にトラバースしていく。このトラバースは意外に悪い。(実は以前に一度迷っている。)安定したアンザイレンテラスから斜めに15mほど懸垂下降した所がダイレクトカンテの取付点である。真上には迫力ある大きなジェードルがビルの壁のように立っている。(「あれを行くのか!…。」)
ザイルを結んで9時30分に登攀開始。最初のピッチ(40m、 Ⅳ-)は、玉リード。草付混じりのフェースを右上した後、凹状部を登り、バンドを左ヘトラバース。残置ハーケンが少なくてちょっと手間取ったけど、まださっきまでのアプローチの続きといった感じ。それにしても、今日はまだ梅雨だというのに天気がいい上に、涼しくてとっても気持ちがいい。快適なテラスでボーッと遠くを眺めながら座ってビレイしていると、なんだか眠くなってくるぐらいだ。時々、本谷の雪渓が派手に崩壊するごう音が鳴り響き、眠気をさましてくれる。
2ピッチ目は鶴リードでA1+、35m。フレークがたくさん突き出たみたいなフェースから、小ハングをA1で越えて、ジェードルの右壁をアブミの掛け替えで登る。ルート図には「ピトン連打の容易な垂壁」とあるけど、なぜか難しい。ピンが抜けてしまったのか? 部分的に遠い箇所もあるし、なんせ残置ハーケンがやたらにボロいのだ。こんなこと書くと、「そんなのあたり前だろ。クラシックな人工ルートはみんなそうだよ。」と軽く言われてしまうかもしれない。
…だけど恐ろしい。今、全体重をあずけている目の前のボルト。岩にわずかに入った軸が大きく曲がり、リングは今にもちぎれそうだ。このピンが抜けて大墜落するかもしれない…、という心理的なプレッシャーに耐えながらの登攀はつらい。足下には目もくらむような圧倒的な空間がひろがっている。縦リスにおじぎをしたハーケン、朽ちたハーケンらしき残骸にくさった細引。こんなものに命を預けるなんて! 一歩ずつ登るたびにジワジワと冷や汗が流れて精神的に疲労がたまっていく。事実、ちば山の会の仲間が去年このルートを登った際に、ハーケン(ボルト?)が抜けて2度も墜落して宙吊りに。他のパーティーに救出されたという話を聞いていたからなおさら!!!・・・。だ。
しだいにもろくなっていく支点。そしていつかはまた誰かが不幸なクジを引くのだ。2ピッチ目の窮屈なテラスに着いた頃、時計はもう12時を回っていた。「まだ2ピッチしか登ってないよ!きっついなあ。」と言うと、「もう半分も登ったじゃん。後続パーティーもいないし、せっかく来たんだからルートを味わいながら登ればいいんじゃないの?」と、相棒。さすが多鶴ちゃん、器がデカイ!!
つづく3ピッチ目 (20m、 A1+)は、玉リード。テラスにブラ下がっていた南部風鈴の涼しげな音に送られて、また恐怖の空中散歩に出かける。大ジェードルの右壁を直上。壁はさらに前傾するが、3本に1本はペツルのハンガーボルトがあるので少しホッとできる。フリー化した際に打たれたものらしい。こんなトコをフリーで登るなんて…。ルートは15mほどでハングにぶつかったあと、ハングの下を右ヘトラバースして、カンテまで延びている。下は見ないほうがいい。見れば、手足がすくんで動けなくなりそうだから。リべットハンガーをセットしたり、エイリアンをねじ込んだりしながら、なんとかビレイ点へ。ここはハンギングビレイになる。
ラストの4ピッチ目は鶴リードで。上に延びているルートは右フェースルート。ダイレクトカンテのルートはここから右上していく。40m、Ⅳ・A1。右のカンテを越えれば、傾斜はぐっと落ちて緊張がいくぶん安らぐ。しかしこのピッチは、トポに「落ちた場合、宙吊りに…」と書いてあるし、前述のちば山の会の仲間が宙吊りになったのもこのピッチだ。「落ちたら宙吊り….落ちたら宙吊り…」と、そのことが頭の中をぐるぐると回っている。フリーと人工混じりでゆっくりと慎重にトラバースしていく。あと20mほど先の樹林の終了点で、多鶴ちゃんが「ここだよ!」と声をかけた。(「あそこまで行けば終わる。あそこまで行けば…。」)
終了点に着いたのはなんと6時。「えらい時間がかかっちまったなあ。たかが4ピッチなのに、されど4ピッチだよな。これじゃ、雲稜ルートなんてまだまだ100年早いよ。」でも、そうは言っても、お互いに顔は満足感に満ちている。憧れのツイタテ正面をついにやった。時間はかかっても登ったのは事実だ。別に他人とタイムを競ってるわけじゃないんだし、また練習をしていろいろと経験を積んで、次は早くスムーズに登れるようになればいいんだから、と。
喜んでいるのもそこそこにして、時間も遅いのでとっとと北稜を下降することにする。ダイレクトカンテの終了点からヤブをつかみながら右上。いったんひらけた後、さらに10mほどヤブを右上していくと、見覚えのある北稜の踏み跡に出た。そこから懸垂下降を3度。40mの空中懸垂を終えた緩い階段状のスラブまできたところでタイムオーバー。場所を選んで、フィックスロープで確保して岩棚でビバークすることにする。
今日は七夕、星空がきれいだ。一ノ倉の出合には暖かそうなテントの灯りがチラチラと見える。なんだか、すぐ近くで吉尾さんが笑ってるような気がして…。それから、衝立岩が「今日のところは、このくらいで勘弁しといたるわい。また出直してこいや。」と言ってるような気がして・・・。
7/08(日)ビバーク地点5:30 略奪点6:40 一ノ倉沢出合8:40/10:10 ロープウェイ 駅バス停11:00/11:05=(バス)水上駅11:28/12:45=(JR)上野駅 15:30/15:42=(JR)松戸駅16:05 曇りのち晴
「これが今の実力…。でも登ったんだよ、あの壁を!」
ウグイスの鳴く声で目がさめると、あたりは濃いガスに包まれていた。座って寝たので、お尻がすごく痛い。なんだか眠れたようで、眠れなかったようで。ガスが晴れるのを待って、再び懸垂下降をする。コップスラブに降り立ち、略奪点を経由して衝立前沢を下っていく。一度でも歩いたことのあるルートならば安心感がある。「近くていい山」谷川岳には、無雪期も積雪期も、これからも何度も来るだろうと思う。そのために、下降ルートはしっかりと押さえておきたい。ガスで視界が悪い時でも、日が暮れて暗くなった時でも、何があってもゲレンデのように自由に歩けるように、しっかりと熟知しておきたいものだ。本谷へ合流するところでは、雪渓が雪壁になっていたので、念のためにザイルを出して越える。そして、僕らはテントが待つ一ノ倉の出合へと急いだ。
なぜあんなにも時間がかかってしまったんだろう?「不安定な支点の恐怖?」いやいや要はまだまだヘタクソなのだ。穂高の屏風も、甲斐駒の赤蜘蛛ルートも、大同心の雲稜ルートもこんなには時間はかからなかった。今回はたったの4ピッチなのに…!梅雨だというのに快晴で、しかも涼しくて、他のパーティーもいないという絶好の条件だったのに・・・。柏瀬祐之さんに、あぶみテクニックの手ほどきを受けたばかりだったというのに・・・。(シクシク)まったくヘタクソすぎる。
スピーディーに登ることを意識して(もちろん、こまめにプロテクションをとりながら)、無駄なムーブ(動作)を少しでも減らして登れなければ。まだまだ雲稜ルートだなんて、それこそ雲の上のように遠いことを実感させられた。甘くみていた。ガツンとやられた。恐怖と緊張で身も心もクタクタに。それでも登りたいんだろう?!もっと、もっと上へ…。
<特記事項>
- リングのないボルトや頭のないハーケン対策としては、極細シュリンゲや小さいナッツ よりも、パイカ社のスクィーズリベットハンガー(SS)がセットしやすくて、お薦め。
- ジジとATCが合体したような新しい確保器、 リベルソ(ペツル社)を買ったけど、いまいちザイルがスムーズに出せないので本チャンで使うのはやめた。みなさんはどう?