前穂高岳 北尾根
日 程:1999年12月29日(火)~2000年1月2日(日) 前夜発4泊5日
メンツ:坂本多鶴(記)、玉谷和博
前穂北尾根は、涸沢から稜線を眺めたときに左手に伸びるジグザグとした尾根です。そして、このルートも憧れのクラシックルートのひとつで、初登攀されたのは1924年の夏。28年の3月には積雪期登山の先駆者である大島亮吉が北尾根の4峰から滑落死して、その名が広まりました。今回は、前穂北尾根だし楽しく登ろう、なんて考えていましたが、昨年の北鎌尾根と違って岩のピッチが出るために装備も増え、装備が増えるとバランスが悪くなり、バランスが悪くなると緊張感が高まって、厳しかったです、自分にとっては。
【28日(火) 急行アルプスで松本へ】
新宿駅23:50(急行アルプス)松本駅4:10
今回はザイルの本数で最後まで悩んでいたが、結局1本ずつ持って行くことにしたザックを背負うと肩にズッシリと人生の中で一番重たい。首が亀になりそう。
【29日(水) 中の湯から奥又白出合まで】 <小雪のち晴れ>
松本駅5:00(タクシー12000円)中の湯6:30/7:00 上高地9:00 奥又白出合13:30
よく眠れなかったので、松本駅で銀マットを敷いて少し横になる。タクシーは単独の登山者と相乗りでひとり4000円。冬の上高地は中の湯が入山口となる。登山指導所に計画書を提出してお茶と野沢莱をいただき、前穂北尾根には2~3パーティ入っているという情報と、横尾尾根に取り付いたパーティが胸までのラッセルで敗退してきたという情報をいただく。
上高地から入るのは初めて。釜トンネルは電気がついているし、池山吊尾根までのトンネルに比べて異常に快適である。河童橋からは治山林道を行った方がいいよ、と指導所の人に言われたのでそちらに渡ったが、ザックは重いし、眠いし、飽きるし、これは明日のためにも早めに休もうということになり、林道が奥又白へ回り込んだところで幕営する。
正面には前穂高の東壁が聳え、我々の目指す北尾根も見える素晴らしく賛沢な場所だ。徳沢をベースにしている若者より蝶ヶ岳の長塀尾根に登ったパーティがラッセルで2ビバークしたという情報をもらう。登山者が少ないために雪の量のわりにあちこちで苦労しているようだ。
【30日(木) 慶応尾根を登り北尾根Ⅷ峰まで】 <快晴>
奥又白出合7:30 慶応尾根取付き7:45 Ⅷ峰15:30
4時にアラームをセットしたのに起きたら6時。堰堤の手前で奥又白沢を横切り慶応尾根に取り付く(赤布あり)。末端部の積雪は20cmくらいだったが、登るにつれて増えてくる。北尾根の8峰までの標高差は約1000m。樹林が疎らなため所々で幕営できる。2460m直下はリッジ沿いに赤布があったが、少しルンゼに近いところを登った。ここらで膝くらいの積雪。やっとたどり着いた8峰は顕著なピークではなく、屏風岩を登ってきたパチンコ組が幕営していた。その横を整地して幕営。吹き溜まりの雪はふかふか。北尾根上は3・4と5・6のコルでは雪洞も掘れたそうだし、それなりに雪はあるようだ。
雪を溶かして食事の準備。今回も食事当番は坂本なので、軽さ優先(私の作る食事に美味しさ優先というものはないであろう)。夕食はα米とジフィーズの丼物と味噌汁、ハム。朝食は乾燥野菜入リマルタイラーメン(このラーメンのメリットはパッキングのし易さだけど、飽きる)。しかし、今回は重いながら余裕をかますために日本酒を500mlずつ持ってきたので、まずは1本。
【31日(金) 北尾根核心のⅢ峰を越える】 <快晴、夜間小雪>
Ⅷ峰7:30 ⅢⅣのコル12:30 Ⅲ峰14:30
4時にアラームをセットしているのに起きたら6時。疲れているのかなあ。果たして今日はどこまで行けるのか。前穂北尾根は前穂の山頂を1峰として8峰までがジグザグの尾根を作り上げているのです。まずは小ピークを2つ越えて7峰は特に問題なし。6峰は最初の一歩に足があがらず、もたもたして後続パーティに抜かれる。積雪量にもよるのだろうけど、6峰から4峰は同じような感じで、岩になったり、ダブルアックスの効く雪壁になったり、ふかふか雪で岩が浮いていたりであった(オーバー手袋をはめたりはずしたり)。
4峰の下降は奥又白側を巻き込むようなトラバースであったが、3・4のコルから眺めると直に下る方がよかった。このコルまではノーザイルで登ったが、ところどころザイルを出した方が良かったねぇという部分があり、またそういう場所には上部に必ず確保支点があった。
いよいよ岩のピッチが出る核心部の3峰である。このためにザイルを担いできたのだ。コルから少し登ったところが確保支点。私は重荷でめげているので玉ちゃんリード。1ピッチ目は支点から3mほどトラバースして凹角を登り、行き詰まったところで左に回り込み直上する。ハーケンはところどころにあるが左に回り込む前後がいやらしい。荷物が重いのでちょっとでも後ろにひかれると岩から剥がされそうになるのだ。
次のピッチは坂本で右のルンゼへ。登りきったところでクラックに入るのだが、最初の一歩に足がのらなくてそこできる。3ピッチ目はクラック沿いで玉ちゃん。最初の手がかりはバイル。その先はホールドがあるのだが、一歩目のスタンスがなくて厳しい。最上部はフットジャム、抜けたところが確保支点。Ⅲ級と書いてあったが、八ヶ岳の冬期クライミングより難しい感じ。Ⅳ級あるんじゃないのかなぁ。
そこからすぐに3峰で幕営跡があった。先行パーティは前穂の山頂まで抜けたらしい。今日は1900年代最後の大晦日。なかなか寝付けないでいると、24時前にドンドンと花火の音が響いていた。夜間に天気が悪くなるらしいが、時折ビュウと風は吹くものの思ったほどではない。
【1日(土) 前穂頂上を踏んで白出コルまで】 <小雪のち快晴>
Ⅲ峰7:30 前穂高岳9:30 奥穂高岳15:30 白出コル16:30
昨夜からは10cmほど降ったようだ。雪がやむのを待って出発する。先行パーティのトレースは消えかかっているが、天候は良くなってきている。このテント場から登ったところが2峰。2峰の下降で10mほど懸垂下降する。そこからリッジの右側を登って前穂の頂上(1峰)まで2ピッチ。入山してから4日目で、やっと前穂高岳の頂上にたどりついたが、やったぜ!という気持ちにはなれない。奥穂高岳までの吊尾根が第二の核心部なのである。
冬期は山頂から直に下ると間いていたが、夏道の下降点から雪の締まっている所を斜めに吊尾根に向かった。吊尾根は夏道より稜線に近い部分を歩くが、小ピークを登ったり降りたり巻いたり、さらに雪が締まっていないし、浮石だらけで非常にいやらしい。少しでもバランスを崩すとザックごと持っていかれそうだ。滑落停止なぁんてピッケルを打ち込んでも効くような状態ではない。一歩一歩を確かめながら進むので、ペースはあがらないし緊張感はとけないし、奥穂の頂上だってちっとも近づいてこない。
吊尾根も3分の2ほど進んだところで、後続パーティが抜いて先行してくれたため、足場が出来て体力的に楽になった。さらに後から来た3人パーティのひとりが私と同じくらい疲れていたので精神的にも楽になった。でも、ザックで肩が痛くて少し歩くと休んでしまう私。玉ちゃんに遅れて、やっと奥穂高の山頂にたどりつくと、3人パーティのリーダーが「お疲れ!」と手を差し出してくれた。一瞬緊張感がとけて涙が出てしまう。
ここからは以前歩いたルートである。思い切り歩きやすい道を、先ほどの疲れていた人と「下りは早いねえ」なんて話しながら降りていると、雪壁の斜下降が出現。3人パーティの若手が軽やかにダブルアックスで降りていく。その後を私も続くけど、硬くてピックがあまり刺さらない(非力…)。白出の小屋が見えてきた。梯子と鎖場を下降して到着。やっとホッとすることができて、今度は玉ちゃんと「お疲れ!」の握手。
冬期小屋を覗くと、電気がついていて非常に立派だ。槍の時には唯一空いていた部屋には雪が吹き込んでいて、タカジ君と玉ちゃんと3人で半分凍っていたが、ここの小屋は全くそんなことなく、逆に溶けていくようだ。空いていた隅っこに銀マットを敷いてあがらせてもらう。すぐに3人パーティも到着した。
このパーティは日高さんというガイドさん(湘南クライミングスクール)と取手在住のアシスタントガイドの若者と千葉中央区在住のお客さんであった。昨年の北鎌尾根で会った森中さんのガイド料はひとり23万円であった。彼はいくら払っているんだろう。
【2日(日) 涸沢西尾根(西山稜)より下山】
白出コル8:00 西尾恨2400m地点 10:30 穂高平12:30 新穂高温泉13:00/30(タクシー21500円)松本駅15:30/17:16(特急あずさ)新宿駅
今日も快晴。我々の登ってきた北尾根が良く見える。ここからは経験ルートだぁと思いきや、前に来たときと様子が違う。雪山なんて積雪量や雪の状態でどんどん変わる。3100mから1700mまで一気に下降。脚に悪い。下る途中で日高さんにタクシー相乗りしようと言われる。何回も来た穂高平では今年は龍の雪像が出来上がっていた。ラーメンを食べたかったのだが、日高さん達を待たせては悪いのでジュースだけ飲む。山はだんだんと曇ってきた。彼らは沢渡から車。途中見えた錫杖岳のガイド料は65000円なんですって。お金払えばどこでも登れるんだなぁ…。我々は松本駅まで飛ばし、駅ビルで、生ビール、馬刺、天ぷら、刺身、トンカツ、日本酒、そして、あずさの中で日本酒。山に入っている間の緊張感と、降りてから酒を飲んでいるときのホゲホゲ感。どちらも人間らしくて、生きているなぁ… という感じがする。
【今回の感想】
昨年の北鎌尾根は岩の部分は少しだったのでザイルは共同で1本。GWの八つ峰は懸垂下降があるので2本持っていったが、岩の部分はないルートだ。でも、今回の北尾根は岩登りのピッチが出てくることが大きく違った。八ヶ岳での冬期クライミングではⅣ級は登っていても、ザックの重さが全然違う。
今回は登り始めで二人とも30㎏以上、私は食糧やガスボンベの分が減っていくけれど、玉ちゃんはそのまま。体重の半分以上の荷物を背負っているので、腕はあげにくいし、あげても身体を引き上げにくく、足もスタンスにのらなかったり、のせても立ち込めなかったり。これだけ背負っていると、雪稜や岩稜はいけても岩場は無理だなあ、と感じてしまった。玉ちゃんに負けないようにジムに通って10ヶ月が過ぎたが、なんかがっくり。前穂から奥穂までのトラバースは玉ちゃんにザイルを持ってもらう事になってしまったし。という訳で、今回もクタクタになってしまいました。玉ちゃんを体力で抜かすにはあと何十年かかかりそうです。
でも、今って、ちょっと良い感じです。冬に寒さや重荷で登っていると、夏はもっと楽に登れるし、夏にさらに登ると、それが冬に生きてくる、という感触なのです。どちらもバランスクライミングだなぁ、とすごく感じます。でも、今回は暖かく天候に恵まれていたし、もっと厳しい条件を想定すると練習したり工夫したりする必要はまだまだ感じました。玉ちゃん、これからも努力します。努力しようね。次なる目標へ向かって。
あと、RCC神奈川の池学さんが11月に北鎌へ単独で入り、行方不明になっているそうです。我々が阿弥陀の北西稜に登るときに赤岳鉱泉で親切にアドバイスしてくださった方で、昨年の岳人2月号でも八ヶ岳のルート紹介を書かれていました。何だか複雑な心境です。