<Climbing Report>
甲斐駒ヶ岳・赤石沢奥壁前衛壁 ダイヤモンドAフランケ赤蜘蛛ルート
2002年8月14日(水)~17日(土) L坂本多鶴(記)、SL玉谷和博
岩壁は最上部の奥壁を含めると、三つの壁が連続するようにして甲斐駒の頂上に続いていたのだ。まさにこれは大発見であった。もし、この三つの壁にルートをのばせば、実に1000メートルを越す、大登攀ルートが完成することになるのだ。(「長い壁・遠い頂」より)
著者の井上進氏の持論は、「山頂を踏むためのルート」であり、三つの壁とは甲斐駒ヶ岳東面に聳えるAフランケ、Bフランケ、奥壁。そして、この大登攀ルートの開拓のために、赤蜘蛛同人が結成された。「オレたちは一本のザイルを上り下りする赤石沢のクモだ・・・」。71年10月にAフランケ赤蜘蛛ルート、72年8月にBフランケ赤蜘蛛ルート、9月に奥壁中央稜左ルート、「念願のルート開拓を果たすことができた。Aフランケの取付から奥壁の終了点まで、実に39ピッチという長大なルートが完成したのだ」。そもそも、壁の名称は、野球のダイヤモンドに似た壁の形状から、ダイヤモンドフランケと名づけられた。現在もBフランケはダイヤモンドの下端から上端まで登られているが、Aフランケはダイヤモンドの上半分しか登られていない。初登時はダイヤモンドの末端から今は登っていない下部スラブ帯をも登り、標高差545m、18ピッチのルートだったのだ。
13日(火) 東京駅21:44(特急かいじ)甲府駅23:45/57(中央本線)日野春駅 <仮眠>
いよいよ出発。屏風の東壁ルンゼを登る予定だったのが、急遽甲斐駒に変更した。というのも、上高地の雑踏の中を歩くのが億劫な気持ちになってきたのと、フリーエッセイを書いていて、久し振り(三年ぶり)に七丈小屋の小屋主と話がしたいなぁ・・・なんて思ってしまったからだ。
14日(水) 日野春駅6:20(タクシー3510円)竹宇駒ヶ岳神社6:45/7:00 笹の平10:15 刃渡り11:15 五合目12:15/45 七丈小屋14:30
そんな変更だったので、黒戸尾根の登りがきついことなんて全く忘れて、どうせ初日は小屋までだから・・・なんて楽勝気分でいた。しかし、登りが始まると装備が重い。そもそもAフランケの同志会左フェースを登るためにハーケンやカムを多めに持ったし、行動水もいつもより多いし、幕営装備も持って、もちろん酒も持った。立ち止まると暑くはないのに、歩くと全身から汗が吹き出る。
それでも静かな山旅、数パーティにしか会わずに七丈小屋に到着した。結構クタクタで今日だけ小屋に泊まろうか…なんて話す。小屋に入ると、数人のお客さんに混じって小屋主がいた。色々話が始まり、赤岳山荘のおばちゃんや肉うどんの話からアイスクライミングの話になった時に、奥に引っ込んだので、どうしたのかな?と思っていると、キラキラと輝くアイスアックス3本を持って現れた。シャルレのクォーク、ブラダイのコブラ、HBのブラックライトニング。グリップをストックのものに変えて握りやすくしたり、末端に金具をつけたり、もとは黒色だったはずの刃がステンレスのようにツルツルキラキラだったり。コンペ用の替えグリップまであり、本当にスゴイ!と思った。この日はタ食を小屋で戴き、素泊まりで別棟の第二小屋に泊まらせてもらうことにした。
15日(木) 停滞 <晴れのち雨、小屋泊>
3時起床。玉ちゃんが外を覗くと霧雨が降っているという。さらに、めちゃくちゃ眠いし、もうしばらく眠ることにする。7時頃に再び起床。晴れているから行こう!と言われたが、時間が足りないだろうしと眠り続ける。昼頃に起きて、パッキングし直していると小屋主が様子を見にきた。「疲れて寝てた」と言うと、「バカヤロ~」と戻っていった。外に出ると雨、心配して覗きに来てくれたのかな。結局この雨は夕方過ぎまで降っていて、小屋で借りたクライミングの本や文庫本などを読んで過ごす。
16日(金) 小屋3:45 八合目4:45/5:00 取付6:30/7:15 大テラス11:00/45 終了点16:30 岩小屋17:00 八合目18:00 小屋18:30 <曇り・夜間より雨、小屋泊>
再び3時に起床。前日にかなり寝たので、気分爽快。ラーメンを食べて、まだ暗い中、ヘッデン点けて歩き始める。八合目には数張のテント。明るくなり始めるのを待って下降開始。私達が一番乗りのようだ。Aフランケの頭の岩小屋まではしっかりした踏み跡通しにほぼ直下降なのだが、途中、ほかの踏み跡に入って八丈沢側に寄り過ぎてしまった。なんとか戻って、fixロープに導かれ始めると、Aフランケの取付きに着いた。露払いで靴とジャージはびしょびしょだ。ここからさらに下降して、下部スラブを登り返して、同志会左の取付きに行くようなのだが、何か判然としない。ブッシュに覆われて足元もわかりにくいし、今日の天気の持ち具合も今ひとつ不安だし、ルートを赤蜘蛛ルートに変更することにした。
赤蜘蛛ルートは3年前に初めて来たときに登ったのだが、出発が遅れて大テラスで順番待ちになり、ビバーク後、喉カラカラで抜けたのであった。だから、今回は2度目。下部は白稜会、上部は前にリードした場所を交換して登ることにする。あとから夜間飛行を登りに来た2人パーティに聞くと、そのままトラバースして同志会左の取付に行けるとのこと。準備をしていると、さらに彼らの仲間で赤蜘蛛をフリーで登りに来た3人パーティがやってきた。結局、この日は私たちを含めて7入だけ。
「いよいよ登攀開始!!」
1ピッチ目は50cmのハングを越えて、垂壁の人工登攀(玉、A1、40m)。ハングを越えた2本目が少し遠い。2ピッチ目はカンテを右に回りこんで、さらにボルトラダーが続くが、傾斜は次第に緩くなってくるし、途中2本ほど、新しいボルトが打ち足してあった。数m先にも確保支点が見えたが、ボルトが2本なので、3本打ってある所でビレイする(坂、A1、30m)。
3ピッチ目は2ピッチ目の続きのような感じから、ブッシュに逃げ込む(玉、A1・Ⅳ、40m)。4ピッチ目はブッシュからひと登りで大テラス (坂、A0・Ⅲ、10m)、3年前にビバークした懐かしい場所だ。
赤蜘蛛ルートに合流したせいか、空はだんだんと蜘蛛ってきた。ガスで重たくなってきたのかなぁ、時々ポツンと来る。何とか持って欲しいですよねぇ、と3人パーティと話しつつ、彼らが一足先に着いていたので、先に登ってもらう。
5ピッチ目は凹角から外傾スラブを左上してカンテ状まで(玉、A1、30m)。本当はV級なのだが、荷物を背負っていると何となく足もとが滑りそうでアブミを使用する。このピッチを登ると目の前に大垂壁が聳える。その垂直に切れた岩にリスが一直線に走っている。
3人パーティは右のクラック (クロスライン、10a)を登っているが、岩が浮いているようで、グレードより難しそうだ。私たちは人工登攀だが、中間部はピンがなく、キャメロット(#0.5~#1)やエイリアン(3/8~1)などをセットしながら少しずつ登る。最初はカムに体重を預けるのが恐かったのに、慣れてくると、今度は逆にボルトやハーケンに体重を預けるのが恐くなってくるから不思議だ。このピッチにはキャメロット、フレンズ、ナッツが1個ずつ残置されていた。(坂、A1、40m)。
ビレイ点に着いて下を眺めると、一直線にザイルが伸びていて気持ちがよい。とうとう、北岳方面でゴロゴロ鳴りはじめたが、なんとか雨は持ちそうか。
7ピッチ目は恐竜カンテを右に回りこむのだが、その手前のピンが遠い。カンテを越えると、木が一本生えていて、それも使わせてもらいながら、さらに登る(玉、A1・Ⅳ、30m)。
8ピッチ目は段のような岩を登って、簡単なボルトラダーで終了点となるブッシュ帯に突入する (坂、Ⅲ・A1、30m)。ここからちょっとした岩をまじえながら、ほぼ踏み跡を登ると1ピッチと少し(50m)でAフランケ頭の岩小屋に到着。
「やっぱり良いルートだねぇ・・・」
二度目登った感想は、赤蜘蛛はリングの飛んだボルトがない!岩も硬い!前よりも恐怖感は少なかったと思うけど、高度感あるし、ロケーションは素晴らしいし、相変わらず良いルートだなぁ・・・と思った。垂壁のリスを登る部分は、残置支点は古くなる過程で、そのうち全部撤去されるかもしれない。ギアを片付けて、再度お疲れ!の握手。あとは踏み跡をたどりながら、ほぼ直上。前は喉カラカラでヘロヘロになって歩いたよなぁ、なんて話しながら八合目にたどりつき、暗くなる前に七丈小屋に戻ることができた。
フリーで登りにきたパーティは、小川山のフリークライミング仲間だそうだ。「このアプローチがなければ、もっと来るのにねぇ」「ロープウェイついたら1回5000円でも乗りますよ~」なんて冗談言ってた。年齢もバラバラだけど、とっても楽しそうだった。
17日(土) 小屋7:30 竹宇駒ヶ岳神社11:10/25(タクシー3260円) むかわの湯12:00/40(タクシー4060円)韮崎駅13:00/58(特急あずさ)甲府駅14:07/27(特急かいじ)新宿駅16:06
夜中すごい大降りだったが、まだ少し降っている。降らないときに登れた我々はとてもラッキーだ。朝食を作っている間に雨も止み、出発前に小屋主と色々と話していると「今度は冬かな?貸しギアもあるよ」と言われ、目が点になりそうになる。結局、持ってきたテントは使わず、三泊も寝具付素泊まりしてしまったのだが、「前にバイトしてくれたから、今回が最後のサービス」と言って、かなり大サービスしてくれた。今回は何にもしていないのに、申し訳ないなぁ。
小屋主のことはフリーエッセイにも書いたのだが(名前は呼ばないように… と言われたので、こちらの報告には書かなかったけど、エッセイには書いちゃったよ!)、クライマーですから。七丈小屋には貸しギアの看板が出ていました。ザイル、ヌンチャク6本組、ヘルメット、12本爪アイゼンやアイスバイルなどまで、一般の方用にニコンのカメラ、三脚、サブザックなどもありました。ちなみにギアは新品ですって。
「今度はいつ行こうかなぁ」
黒戸尾根を下山しながら、「今度来るのは、この登りの辛さを忘れたときかな…」なんて話してたけど、数日経つと、すでに忘れてしまった(バカですよねぇ)。という訳で、9月の連休には、今度こそ同志会左かな?
■赤蜘蛛ルートは素晴らしかった!でもこの充実した気持ちが、そうは長くは続かないってことも僕らはよく知っている。たとえ泥のようにクタクタになっても、どんなにヤバイ思いをしても、決して終わることがない。そして満たされない気持ちに追い込まれるようにして、より刺激的で魅力的なルートへ、また出かける。そのくりかえしだ。カをつけたらまた甲斐駒に行こう・・・(3年前の玉ちゃんの感想より)。
「そして、翌日談」
家に帰って翌日、クォークの刃を先端4cmほど磨いてみた。ヤスリで黒い色を荒く落として、金属用紙ヤスリで磨いて、最後に金属磨ピカールでピカピカにした。磨き方教えてやんないって言われたけど、小屋主のと同じくらい、顔が映るくらいに磨いちゃったもんね、うふふ。早く使ってみたいなぁ。押すだけでジワァって入っていきそう。