<八ヶ岳西壁で冬期クライミング⑤
3/22~23八ヶ岳.横岳西壁.中山尾根
メンバー:L玉谷和博(記)、SL.坂本多鶴 (冬期グレード2級)
この冬のテーマは「冬期アルパインクライミング入門編」なのだ。冬期登攀を始めたばかりの僕らは1月末から3月にかけて計5回、毎週のように八ヶ岳の冬壁に入り続けました。で、今回はその締めくくりとして中山尾根へ挑戦してきました。冬期グレード1級から2級へ。僕らにとって、またひとつ上の未知の世界の扉を拓いてきたのです。
3/22(土)松戸5:55-(JR)新宿6:25/7:00-(JR)茅野9:08/9:25=(タクシー)美濃戸口9:50/10:00赤岳山荘:1:00/11:30赤岳鉱泉13:30 [曇り]
3/23(日)赤岳鉱泉4:30中山乗越5:00/5:10下部岩壁基部7:00上部岩壁基部12:00主稜線16:00/16:05地蔵ノ頭16:20行者小屋16:50/17:05赤岳山荘18:00/18:15美濃戸口18:45/18:50=(タクシー)茅野19:10/20:28-(JR)新宿22:40/22:42-(JR)松戸23:30 [曇り]
白山書房の「冬期クライミング」には「他と比べると岩壁部分が長く、急なために技術的にはかなり難しい」とある。前回の赤岳主稜や石尊稜の経験からいって、かなり時間がかかるのは目に見えているので、3時に起床、4時半に赤岳鉱泉を出発。深いガスと暗闇の中、ヘッドランプをつけて中山乗越を目指して登っていく。2ヶ月前の、あのちぎれそうな寒さはもう無い。乗越からはトレースのない西壁側の樹林帯を尾根通しに進む。
こんなにも幻想的で美しい森をトボトボと歩いていると、まるで北八ツに迷いこんでしまったかのようだ。2時間も歩くとしだいに傾斜が強くなり、森林限界も近づく頃ようやく下部岩壁が現れる。やせた雪稜手前の安定した所でガチャ類を準備し、ザイルを結び合う。だいぶ手慣れてきてスマートになってきたけど、まだ無駄なギアや改良の余地もあると思う。「行くぜ!」「オウ!」取りつきのビレイ点はやや右手にある。
まずは多鶴ちゃんがリード。そこからも直上できそうだけど垂直の壁にいきなりビビる。結局すぐ後から来たパーティと同じように、岩壁右端から左上する急な草付の凹状壁から行く(Ⅳ)。15m、傾斜は強いが、三ッ峠のアイゼントレを思い出しながら登る。あっ、三ッ峠ではトップロープだったっけ。残置ハーケンやホールドを探そうと先行パーティが雪をドカドカ落としてくる。こうして待っている間にも続々と人が増えてきた。早出して大正解だ。 後ろのほうから誰かが声をかける。「(早く登って)毛利元就見ようぜ!」
1時間以上待たされ、すっかり体も凍った頃ようやく取り付く。そういえばリードをしている女性って、これまでに見たことがないなぁ。多鶴ちゃんは言う。「だってセカンドでついていくだけじゃ登ったことにならないから、つまんないじゃん」わかってるなぁ。酒本多鶴、ただの酔っぱらいではない。お待ちかね、ビレイ解除のコールにつづいて登る。こんなとこ、よくリードしたよな、などと思いつつ攀じ登っていく。
ダケカンバのある小テラスでまた順番待ちだ。だけど中山尾根は北沢と南沢の中間に位置しているために、眺めがバツグンなので飽きることがない。白く続く雪景色の向こう、里の方から少しずつ木々が色づいて春がやってくるのがわかる。
次の下部岩壁2ピッチ目は僕がリード。左へトラバースして頭上のかぶった凹角を直上(Ⅳ-)。・・・したいとこだけど、これがヤバイ。5mほどはフレンズが良く効くクラックがあるが、その先がどうも悪い。どうしても越えられず渋滞になりそうなので、残念ながら左手の雪壁へ回り込み、ザイルいっぱいで安定した尾根上のダケカンバでビレイする。そこからは易しい雪稜を3ピッチ、ツルベでつなげばいよいよ中山尾根のハイライトの上部岩壁が威圧的にのしかかってくる。
先行パーティが上部岩壁の取りつき点に迷っているようなので、後続のガイドさんらしき人に多鶴ちゃんが話しかけると、「君たち初めてなの?クライミングジャーナル(CJ)は読んできたのかな?」と言われる。ちゃんと読んできましたよ、古本屋で探して。“いま一番過激なスポーツマガジン”51号、八ヶ岳の冬壁特集を読むと「岩登りの要素が多く、なかなか気の抜けないリッジルート…八ヶ岳西壁の各ルート中では中級クラスの卒業ルート」とある。はたして僕らだけで登れるんだろうか?なんだかとてもヤバイ領域に足を踏み入れちまったような気がしてくる。また渋滞の原因になりそうなので後続パーティに道をゆずることにする。
それにしてもこの前からプロガイドさんを多く見かける。鈴木昇巳、中山茂樹、森鐵也、岩崎元郎、遠藤晴行、桑原清など…。これで生活している人もいる訳で、ガイド登山を否定はしないけど何だか寂しい気もする。ルートファインディングからボッカ、リード、気象、状況判断や自力救助まで、すべて基本的に自分たちで処理していくのがアルパインだろう?人についていくだけのエセアルパインクライマーやアルパインモドキは観光旅行と何ら変わらないじゃないか、と思ってしまうのです。なかなかパートナーが見つからずに、困っているクライマーもいるんだろう。山岳会の持つ役割はそんなところにもあるはずだ。
ここでも1時間以上待たされた後、次は僕がリード。1ピッチ、上部岩壁(Ⅳ+)。汚名返上、これを登らにゃ男がスタル。7~8mほど右手にトラバースして凹状(顕著ではない)の垂壁に取り付く。細かいホールドを素手で拾いながら少しづつニジリ上がる。下で見ているほど楽じゃないのです。グラグラの残置ハーケンにひやひやしながらもランニングをとればホッとする。
これまでに何人ものクライマー達が通り過ぎていった岩壁。その岩に刻まれたアイゼンの跡を僕らも越えていく。凹状から左側のフェースへ、さらにリッジへ上がると、喉状部下の一息つける小テラスへ出る。そして核心部のハング気味の凹角を強引に攀じり、雪稜へ。ザイルをいっぱいに伸ばして灌木でビレイをする。残置ハーケンがたくさんあるので、まめにクリップしていけば意外と問題はない。そこからは2ピッチほどの気持ちのいい雪稜を右上すれば、最終岩壁(Ⅲ+)へと着く。
ぐるりと回りを見れば、八ヶ岳西壁のド真ん中にいるのがわかる。硫黄岳から大同心や小同心、石尊稜はすぐ隣にあるし、赤岳主稜も阿弥陀岳の各ルートも手に取るように見える。あれも登った。これも攀じった。来年はあのルートも登りたい…。日ノ岳や主稜線もすぐ近くに見えている。もうすっかり手は凍っちまってまるで棒のようだ。岩についた雪をしょっちゅう払わなければならないので、もう両方の手袋は穴だらけだし、カチカチになっている。
最終岩壁のリードは多鶴ちゃんに譲る。やや右手の右上する短い凹角を越えて、リッジへとぬけていく。そして最後はピナクルのある鶏冠状岩壁の基部から日ノ岳の肩へとバンドをトラバース。主稜線の一般道と合流し、中山尾根の登攀は終了した。
「俺たちだけで登れちゃったぜ!ドウスル?」どうもこうもない。おおげさだなんて思わない。なんだか心の底から震えてくるものを感じながら、ガッチリと握手をする。もう時計は4時を回ってしまった。美濃戸口までは、まだ遠い。毛利元就も見れそうもない。それどころか今日中に家に帰れるんだろうか。日が長くなったとはいえ、まだまだ寒い地蔵尾根の雪稜を転がるように駈け下った。「あー早く下りて、赤岳山荘のオバちゃんとこでビール飲みたい!」
この冬は初めて1級から2級の冬壁に挑んでみたのですが、特に感じたことは同じ1級でもかなり難度に差があることと、雪稜歩きのヘタクソさだ。もっと軽量化とスピードアップを図らねば…。でも2級ルートの中山尾根へ行けたことは、来シーズンに向けてのステップで大いなる自信となりました。こうして僕らの冬’97は終わった。
めっちゃ怖い。けど挑戦してみたい。一歩一歩確実にモノにしながら、常により高みをめざして山に向かい、冒険的・挑戦的なクライミングをしていたい。たとえそれが未踏峰や悪絶な難ルートではなく、使い古されたようなありふれたクラシックルートだとしても人に頼らないで、全身全力で挑むような山行こそが僕らにとってはアルパインクライミングだと思うのです。そしてそこには共に成長していく、大切な仲間がいるから。来年は小同心クラック、大同心南稜、阿弥陀北西稜や前穂北尾根、一ノ倉沢一ノ沢ニノ沢中間リッジへ行こう。
<注意>
- ルート…人気ルートでもあるし、上部と下部の岩壁(Ⅳ)3ピッチは難しく、待ち時間も含めて時間がかかるのは必至。早出を心掛けるべし。岩壁部分は難しいけど残置ハーケンが多いので安心。雪稜部分は特に問題はないが、コンテではなくスタカットで登った方がいいと思う。
- 装備…岩壁部分が長いので、ザイルはφ9mm×45mを2本(ダブル)でないと危険。実際に、赤岳主稜や石尊稜などではほとんどのパーティがシングルロープだったが、中山尾根では全てダブルロープだった。フレンズ№1 1/2、№2がバッチリ効いた。ナッツがあれば更に有効。手袋は必ず予備を持つこと。冬の登攀ではすぐに穴だらけになる。
■参考のために今回の一連の山行で持っていった装備を書いておきます。
- 冬山一般装備、アイスバイル(ハンマー-50cm-バナナ)、ピッケル(50cm-ノーマル)、アイゼン、ヘルメット、ハーネス、環付きカラビナ②、カラビナ⑳、エイト環、ATC、シュリンゲ⑩長短、ヌンチャク数本、フィフィ、シュラフカバー、ハンマーホルダー②、ロックハーケン(アングル、ナイフブレード、バカブー②)、ギアラックなど。
- アイスハーケン(スクリュー、スナーグ)は赤岳主稜にのみ携帯したが不要。
- 共同装備としては、ツェルト、ガスコンロ、コッヘル、ラジオ、無線機、デッドマン②、ザイルφ9mm×45m②、フレンズ④(1/2、1、1 1/2、2)、ジャンピングセット、救急薬品など。
- スノースコップ、スノーバー②、ゾンデ棒は赤岳主稜のみ携帯したが必要か否か?