アルパインクライミング
5/2~6 北アルプス-槍ガ岳北鎌尾根 敗退記
メンバー:L玉谷和博(記)、SL:坂本多鶴
5/1(金) 松戸駅22:00=(JR)新宿駅23:50=(JR)
5/2(土) 信濃大町駅5:05/5:50=(タクシー)高瀬ダム6:40/7:00湯俣9:20/9:30 千天出合16:30 (テント泊) [曇のち小雨]
そもそも、いつになく入山前から「なんだかなぁ…」という感じだった。稜線には雪がほとんど付いてないし、それと今にも降り出しそうな重い空。まるでGWらしくない様子にモチも下がっていた。タクシーは高瀬ダムまで入る。(七倉のゲートは5/1から、朝6:30開門)
七倉の登山指導所で入山手続きを済ませて、ルートの詳しい情報を聞く。北鎌尾根は7パーティー入山。鈴木昇巳さん(プロガイド、山学同志会)の顔も見える。まず気になっていたのは湯俣からのアプローチだ。「一枚岩のへつり、スノーブリッジの渡河、ガレ場の高巻き、徒渉…。およそ考えられる全ての悪場を越えて」とか「このアプローチこそ北鎌尾根の核心部である」とか聞いていたので気合を入れて歩きだす。
湯俣で一息ついて、硫黄尾根末端の吊り橋を渡り、水俣川左岸を行く。全般的にヤブは薄く、赤布もある。“一枚岩のトラバース”は、水線ぎりぎりをへつるルートと5m位上を高巻くルートがある。どちらもザイルが必要。“岩場のトラバース”は、今にもちぎれてしまいそうなトラロープやワイヤーにぶら下がってクライムダウン。“ほとんど崩れかけたワイヤーの吊り橋”は、一昨年まではかろうじてかかっていたらしいが、完全に崩壊して残骸が揺れていた。右岸に渡る第一渡渉点は、この吊り橋の残骸から下流7~8m地点だ。幅は10m、胸くらいの深さで流れも早いし、なによりも目茶苦茶冷たい(春の雪解け水だからあたり前か)。腰まで入ると、なんとも言えない恐怖感で心臓がバクバクと騒ぎ出す。
そのとき目の前で先行パーティーが流された。「ひえぇー、ヤナもん見ちゃったよなぁ」とは、ガイドパーティーのホゲホゲ氏(実は雲表倶楽部の伊藤準一さん)だ。同感。なんとか渡ることができたが、渡らずに残ったパーティー2つ。さらに“急斜面のトラバース”は、ホールドも足元も脆い。千天出合には4パーティーが張った。翌日の悪天を知っていながら渡渉したことが、まず第一のミス。
5/3(日) 千天出合にて停滞(テント泊) [雨]
3日は昼すぎまで雨なので停滞する。目の前にある北鎌尾根の末端部では、天上沢と千丈沢がものすごい濁流となってぶつかっている。うわぁ…。
5/4(月) 千天出合4:40 第2渡渉点5:30/9:00 第1渡渉点10:00/11:30 丸太のある渡渉点13:00/13:10 牛首山南西尾根2270m地点17:40(テント泊) [快晴]
翌日は朝から快晴。しばらく好天が続きそうだし、P14、15のコルあたりまで上がれば行けそうだったので前進することに。これが第二のミス。撤退したパーティー、2。先行は2パーティー。40分ほど進み、天上沢の幅が狭くなった所の対岸に赤布が続いていたので、ここを第二渡渉点と決める。“ワイヤーのみ残る吊り橋”は、例年はスノーブリッジを渡るそうだけど、雪もワイヤーも全く無い。
まず多鶴ちゃんが挑戦するが、流されそうになりすぐ戻る。幅が狭い分、水圧がスゴイ。続いて僕が。意外と深く(胸まで)て、水流が早い。3mほど渡った所であっという間に流された。ビレイしていたので止まったが、水流がキツくて足が届かない、必死にもがいても水を飲んでしまうばかりで息ができずに苦しい!「ヤ、ヤバイよー、助けてくれえ!」みるみるうちに手足の感覚がなくなってくる。この間約10分。多鶴ちゃんが即座にザイルを固定してなんとか助け上げてくれたけど、この時ばかりは本当に溺れて死ぬかと思った。これが出来るのが信頼できるパートナーっていうやつなんだろう。果してどんな状況になっても、僕にはすぐに対処できるだろうか?
3時間くらい寒さで震えが止まらず、火を焚いて温まる。渡渉はあなどれない!北鎌にはルートグレードに現れてこない難しさがある。ここで北鎌を断念して、往路をエスケープする。ところが第一渡渉点に戻って驚いた。なんと先日よりも40~50cmも増水していて、とても渡れそうもない。「どうする?!帰れなくなっちゃった…」他に渡渉点を探し回ってみたけどダメだ。“エスケープが難しい”とは、こういうことなのか。あれこれ考えて、貧乏沢から大天井へ逃げることに。
貧乏沢は北鎌のアプローチとして最近は無雪期によく利用されるルートである。先程溺れた第二渡渉点を過ぎ、さらに30分ほど天上沢を遡った所には、フィックスロープと倒木が渡してあった。増水時はここを渡るのが正解なんだろう。さらに笹ヤブを漕いで貧乏沢を目指すが、あえてヤブ尾根にルートをとることにした。下部に滝が見え、かなりヤバそうだったからだ。倒木・笹ヤブ帯を越えて、疲れた体を引きずりながら高度を上げていく。途中、牛首山の南西尾根にとりついていることに気づいたがそのまま登る。人の匂いのまったくしない人跡未踏の原生林である。もしかして初登攀かも?この日は牛首山の急登直下2270m付近にビバークした。槍が見える。はるか遠くに。はるか上に…。
5/5(火) 牛首山南西尾根2270m地点5:05牛首山9:00/9:10主稜線P2766 11:45/12:00 大天井ヒュッテ12:10/12:20 燕山荘17:30(小屋泊) [快晴]
5日。本来ならば下山日なのに、僕らはまだ北アルプスのヤブ真っ只中にいる。ここから牛首山までの高差250mほどのヤブが特にひどかった。背丈以上のハイマツ・シャクナゲなどが充満したジャングルだ。かなりの急登の上ナイフリッジで脆い岩場を右に左に巻きながら、ハイマツを掴んでズリ上がっていく。バリバリとヤブと格闘している相棒の後ろ姿は実に男らしい!! いや女らしい。(あれ、全然ほめ言葉になってない?)
雪が残る牛首山からは尾根もなだらかになり、11時45分にようやく大天井の稜線へ抜けた。マツヤニと傷だらけの手で握手、脱出を祝う。誰もいない主稜線をトボトボと歩いて、くたくたになって燕山荘にたどり着いた時はホッとした。
5/6(水) 燕山荘7:00中房温泉10:00/10:10 宮城へ8㎞地点12:30=(車)穂高駅13:00/14:40=(JR)新宿駅18:06=(JR)松戸駅19:00 [晴れ]
6日、下山。土砂崩れで中房温泉からさらに13㎞も歩くはめになる。
冬の北鎌を登りたい!そのために、まず春の残雪期に湯俣から登っておきたかった。
- 北鎌尾根はエスケープが難しいと言われている。
- 今年は雪が極めて少なくて状態も悪いことも承知していた。
- 5/3の悪天は入山前からわかっていた。
条件が悪かった。にもかかわらず、予備日も持たないまま入山してしまったのがそもそも間違いでした。結果、沢の増水によって唯一の退路を断たれて下山遅れだ。失敗ばかりで反省することの多い山行になってしまったけれど、反面、得るものも大きかった。まだやっておかなければならないこともたくさんある。そういえば七倉の登山指導所のオジさんが言ってたっけ「湯俣からの道は年々悪くなっているが修復しないだろう。ここをクリアできない者は北鎌を登る資格などないということだ」と。今回は北鎌尾根に取りつくことすらできなかったけれども、これからも春、冬と何度も訪れてみたい!とそんな気がしました。