<山行報告書> アルパインクライミング
5/1~5/3 北アルプス・剱岳八ツ峰主稜
メンバー:L玉谷和博(記)、SL坂本多鶴
雪山を始めたばかりの頃から「いつかは登ってみたい…」と、ずっと憧れていた雪稜ルートが二本あった。厳冬期の槍ヶ岳北鎌尾根と、今回挑戦する残雪期の剱岳八ツ峰主稜。5月の連休は、ここ数年天気にフラれっぱなしで撤退つづきだったので、今年こそキッチリと登ってやる!北鎌に登ったんだ。絶対に登れるはずだ…。
4/30(金) 松戸駅21:35=(JR)池袋駅22:10/23:05=(バス)
5/1(土) 富山駅5:45/6:26=(富山地鉄)立山駅7:30/8:40=(アルペンルート)室堂9:54/ 10:15 剱御前小屋12:35/13:15剱沢キャンプ場13:30 テント泊[快晴]
これ以上ないというような最高の天気のもと、観光客やスキーヤー、登山客でにぎわう室堂を足早にすり抜けて、雷鳥沢から剱御前へ向かう。一ノ倉尾根以来久しぶりのテント山行なので荷が重く、大汗をかきながらゆっくりと登っていく。スノーボーダーや山スキーが思い思いのシュプールを描いている。抜けるような青空、広大な雪原。陽気のせいか、残雪期という気楽さからか、北鎌の時のような重圧感は感じないし、これから始まる八ツ峰の登攀を思うと心が弾む。
昼すぎに剱御前小屋に着くと、事前に取っておいた入山許可のチェックを富山県山岳警備隊から受けて、ルート状況も聞くことができた。積雪量は例年よりも多いが、雪の状態は悪いらしい。一・二峰間のルンゼは雪がゆるんでいるから、雪崩の危険が少ない早朝に登ったほうがいいとのこと。下山路については最も気になっていたので、「では、どのルートから下りるのが一番安全ですか?」と聞いたら、「どこも危険です!」という答えが返ってきた。そう、ここから先は県の条例で定められた危険地帯なんだ。今日はできれば一・二のコルまで行こうかと考えていたが、雪崩が怖い。まだ時間は早いけど剱沢のキャンプ場にテントを張ることにする(この時期は無料)。剱沢小屋でビールと酒を買い込んで、外でプシュッ!! ぷひ~っとやる。こうして雪におおわれた剱岳を眺めていると、その美しさといい険しさといい剱岳はまさしく名山中の名山だと実感する。そして右手にのびていくノコギリの歯のような美しいスカイラインこそ八ツ峰だ。
5/2(日) 剱沢キャンプ場6:40 長次郎谷出合7:10 一・二峰間ルンゼ出合8:30 一・二峰間のコル9:50/10:00 二峰11:00 四峰11:50 五峰12:20 五・六のコル13:40 六峰15:10 七峰15:50 七・八のコル17:20 テント泊[快晴]
ルンゼをぐんぐん登っていく。目のくらむような急な雪壁。と、その時、稜線から雪庇が崩壊した。「あっ!!」という小さな叫び声とともに強い衝撃を受けた。やられた!雪崩だ。5mほど下を歩いていたはずの多鶴ちゃんは吹き飛ばされ、何度もバウンドしながら落ちていく。ハッ!と目がさめた、夢だ。きのう警備隊に話を聞いたので、こんな夢を見たんだろう。強い風がゴーゴーとテントを揺さぶって、バラバラッと雨も少し降っているようだ。このままずっと風が止まなければ撤退できるのに…と思ってしまう。大町で温泉にでもゆっくり浸かりたいとも。好きで登りに来ているのに、何を考えてるんじゃ!?と言われそうだけれども、いつでもそうだ、このどうしようもない恐怖感と息苦しいほどの不安感は…。まったく安全なアルパインクライミングなんてあり得るはずがないし、不安に怯えながらも一歩づつ確かめるようにして歩を進めていくしかない。先輩のいない僕らは自分で戦って経験を作り上げていくしかない。もっとも、先輩にしてもプロガイドにしても、案内してもらうクライミングほどくだらないものはないが…。ドキドキするような冒険的な要素こそアルパインの魅力であって、これを削ぎ落としてしまったらつまらないよね。
ようやく風がおさまってきた。しぼんでしまいそうだった‘モチ’をもう一度立ち上げる。「よし行こう!」1時間以上も遅れて、6時40分に出発する。今日も快晴。アイゼンをしっかり効かせて快適に広い剱沢を下る。源治郎尾根の末端で取付点を探っているガイドパーティーを横目に、僕らは長次郎谷を遡っていく。デブリのせいで歩きにくく、足取りは遅いし、ヒドンクレバスにも要注意だ。一・二峰間ルンゼの取り付きには少し悩んだが、1時間20分ほど登った所の広いルンゼを登ることに。かなり上部に人も見える。
緩やかに見えたルンゼは登るにつれて傾斜を増してくる。ダブルアックスでガシガシ登っていくと、右側のかなり急な方へ寄りすぎて、セミになってしまった。足元は小さな氷片がたまっていて不安定だ。ルンゼは砂時計のように真ん中でいったん細くくびれていて、雪崩れるとそこに集中するのでヤバイ。中間部を過ぎてもまだ急な斜面はずっと続き、途中で休める場所がないので精神的にもつらい。一ノ倉尾根のダイレクトルンゼをもっと長くした感じで、ずっと緊張させられる。うんざりするほど長く感じた。9時30分、ようやく一・二峰間のコルに到着。突然、後立山連峰の大パノラマが目に飛び込んできた。八ツ峰の末端から登ってきた(スゴイ!)龍谷大学の二人パーティーに会う。聞けば三ノ窓まで行ってチンネを登攀すると言う。(スッゲー!)
ここから始まる八ツ峰主稜上も雪がゆるんでいて状態は悪いが、先行パーティーのトレールがバケツになっていて助かる。先行は遠くに3~4パーティーほど。二峰は長次郎谷側(左側)へ約20mの懸垂下降。三峰は5mのクライムダウンで。四峰は三ノ窓谷側(右側)へ約20mの懸垂で下り、次々と小ピークを越えていく。五峰は左側へ約45m×2回の懸垂下降で、大きなギャップの五・六のコルに降り立つ。八ツ峰の下半が終わり、これより上半へ。六峰は垂直に近い雪壁のうえ、雪がゆるんでいて所々切れている。ここは唯一ザイルを結んでビレイ。鶴リードで、ハイマツをうまく使い雪壁から上へ抜けた所でビレイ解除だ。つづくナイフエッジからさらに登りつめると六峰に着く。右側へ約20mの懸垂。さらに心配していた七峰も同じく右側へ約30mの懸垂下降とつづく。ナイフエッジとは言っても、一ノ倉沢の一ノ沢・ニノ沢中間リッジや阿弥陀岳北西稜の時のように思わず馬乗りになるというほどではない。下降点にいた先行のクライマー(朝霧山岳会の5人パーティー)と話をしていたら、「一・二峰間ルンゼは間違えて三・四ルンゼを登ってしまった」と言っていた。どおりであのルンゼにはトレースが無かったはずだよ。けっこう間違えるパーティーが多いのかもしれない。
懸垂下降のたびに順番待ちになるけれども、ロケーションが素晴らしいのでちっとも苦にならない。振り返れば登ってきたルートが、白く輝く美しい雪稜が、ウネウネとつづいている。懸垂下降がなければ、白馬主稜にとてもよく似ていると思った。チンネが、小窓の王が、クレオパトラニードルが、それぞれ自己主張して空に向かって思いっきりトンガッている。北方稜線から剱岳本峰へと行くクライマーも、もうすぐ近くに見える。終了点も近づいてきた。長次郎谷をはさんで源治郎尾根が見える。計画段階では(怖かったし、無雪期のルート経験も無いので)八ツ峰にしようか、この源治郎尾根にしようか、どちらにしようかと、かなり迷ったけれど、グレードを落とさなくてよかった。八ツ峰にしてよかった。スケールがまったく違う。内容が全然違う。八ツ峰に来て良かった。その時、「ぐえぇ~!」と鳴いて雷鳥が飛んだ。あんなにも高く、長く飛べるんだと初めて知った。
七峰の下降は、極細のナイフエッジを直進してから急な雪壁を20mほどクライムダウン(あるいは懸垂下降。ただし支点は無い)するか、右側へ約30mの懸垂下降をした後、確保しながら45mいっぱいにザイルをのばしてトラバースする。僕らは後者を行った。もう5時40分。この日は池ノ谷乗越までは行けそうにないので、七・八のコルにテントを張ることにした。4日・5日は大荒れの予報なので心配だ。
5/3(月) 七・八のコル5:40 八峰6:00 八ツ峰の頭6:10 池ノ谷乗越7:00 剱岳8:00 前剱9:10 剱山荘10:15/10:40 剱御前小屋12:00/12:20 室堂14:30/15:15=(アルペンルート)扇沢18:20=(バス)信濃大町駅18:55/19:00=(JR)松本駅19:52/20:00=(JR)新宿駅22:40=(JR)松戸駅23:35 [曇り]
朝、テントから出ると外はガスでホワイトアウトになっていた。でも大丈夫、稜線上はとても細いし、とりあえず高い所を目指せばいいんだから。八峰の垂直に近い雪壁を登り切れば八ツ峰の頭(九峰)はもう目の前。ナイフエッジを慎重にクライムダウンしたあと、ひとまず終了点の八ツ峰の頭へ。「やるねえ、おぬし!」喜びもそこそこに先を急ぐ。ここからは2ピッチの懸垂下降で池ノ谷乗越へ。さらに剱岳のピークまでの北方稜線は、広くてもうお散歩気分だ。頂上にある祠の屋根がわずかに頭を出している。真っ白で何も見えないけど、確かにここは剱岳の頂上だ。「いつかは剱尾根を登攀したいよね!」だなんて、もう次の大きな夢を語っている。でもその前に無事に下りなきゃ。カニのタテバイ・ヨコバイ、前剱の急な下降と、まだまだ気が抜けない。少し晴れ間が見えてきた。一般コースから続々と上がってくる登山者とすれ違うたびに、緊張感がとろけていく。やっと安全な所まで来た。あとは室堂までダラダラと歩くだけだ。日焼けで顔が真っ黒に焼けただれてしまってやたら痛い。足は重いし、なんだかひどく疲れています。体を放り出してしまいたいくらいに…。だけど、北鎌と剱八ツ峰、この二本はデカい。憧れの“僕らのビッグルート”を完登した充実感に満ちあふれています。
ついこの前、雪山シーズン到来と思ったら、もうこれで今年もおしまい。シーズンは短い。大きな山行となれば、冬山の正月休みと残雪期のGWしかないし、貴重な休みも天候によりチャンスは流れてしまったり…。「登山」の中では冬のアルパインクライミングがもっともキツイ。体力的に、精神的に弱くなった時、僕らにもいつかはきっと登れなくなる日がくるでしょう。だから、今こそ経験を積み重ねなければならない。少ないチャンスを有効に生かして、精一杯“挑戦する山”を続けていたい。
<注意>
- 12/1~5/15の間にこのエリアを登るには、富山県登山届出条例により入山の20日前までに所定の届出書を一部提出して入山許可をあらかじめとらなければならない。
- 五峰で約40m×2回、七峰で約30mの懸垂下降があるので、ザイルは45m×2本は必要。
- 三峰は5mのクライムダウンをしたが、通常は稜線に沿って約20mの懸垂下降。
- 幕営可能地点は、長次郎谷出合の手前、五峰、六峰手前、五・六のコル、七・八のコル、池ノ谷乗越、北方稜線ならどこでも。
この他、雪稜登攀に持っていくギアの中で特に気がついたことを書いておきます。
- シャント…プルージックに代わる懸垂下降の補助器。これは便利で安全だ!
- ロープマン…超軽量の登行器。9mザイル対応で、凍ったザイルでも使える改良品が最近出た。非常用としてこれは買い。
- デッドマン…雪稜登攀では必携。これまでにスノーバーの必要性は感じたことはないけど、デッドマンはかなり使用している。
- 捨て縄、残置用環付ビナ…懸垂下降が多いので持っていくべし。
- 竹ペグ…持っていかなかったが、懸垂の支点が見つからなかった場合に使用するといいらしい(特に七峰の下降)特大の竹ペグを持っているパーティーもいた。
- 無線機…当然必携で、義務づけられている。剱沢小屋などでは山岳警備隊が24時間開放していて、稜線・尾根ならどこからでも受信可能とのこと。剱に限らず、雪山に入る人はアマチュア無線の免許を取得すべきだ。
玉谷さんが感想を半ページ書けというので…(坂本記)
山と渓谷でクラシックルートを年間記事で掲載していた時、剱岳の八ツ峰が最終回でした。その時にはクライミングはやっていなかったのに、切り抜きページは他の11ルートとともに今も持っています(現在は本になって出版されているけれど…)。槍ヶ岳、穂高、甲斐駒、谷川、北岳、鹿島槍、白馬など、その特別に美しい山容を作り上げている稜線や谷、岩壁を登るのです。その中でも雪をまとった剱岳はどっしりと威圧感がありました。最近はクタクタになったり、ボロボロになったりする山行が増えてきたし、アプローチでさえ油断ならない…という状況なのですが、今回はアプローチだけはスキーヤーなど人が多くて、あぁ何て素晴らしい所なんだろうって思えた。登攀開始後はもう緊張の糸を解かないことが私の最大の注意点。1・2峰のルンゼは高度差が非常にあり、途中にクレバスがあったり、上部に行くに連れて、陽射しで雪の状態が悪くなってきたり、休むところもないし、非常にイヤでした。今回はいつもと違って懸垂下降が多いことが特徴なんだけど、持って行く装備やシステムは何度も検討したし、それでうまく行きました。最近は本当に持っていったものはほとんど使うという山行で無駄がないけれど、今まで登った回数と打合わせの成果だと思う(納得するまでお互いにゆずらないので、打ち合わせには時間がかかります)。そして、玉谷くんへ、今度こそ体力で勝ってやる。