アルパインクライミング
2/17~18 南八ヶ岳-権現岳東稜(権現バットレス)
メンバー:L.坂本多鶴、SL:玉谷和博(記)
今週は大同心の雲稜会ルートを予定していたが、2週つづけての八ヶ岳東面行きになった。1週間前、旭岳東稜に登った時に、「トレースもしっかりと付いているし、1泊でも充分いけそうだな」と、隣りに見えていた権現岳東稜への登高意欲を掻き立てられたのです。旭岳東稜が、ラッセルもなくてなんとなく不完全燃焼のまま終わってしまったし、いまは壁だけの短いルートよりも、フル装備を背負って歩く、長いスノーリッジのほうに面白さを感じているので、急きょプランを変更した。
2/17(土)松戸駅5:44=(JR)新宿駅7:00=(JR)小淵沢駅9:02/9:10=(タクシー)美しの森9:30/9:40赤岳沢出合小屋12:30 権現岳東稜の取付点13:45 2350m付近16:10 快晴[テント泊まり]
「思いっきりラッセルがしたいっ!」
雲一つないピーカンの快晴。車窓から眺める八ヶ岳は、積雪が多くて例年よりもかなり白いように見える。タクシーの運ちゃんの話では「小淵沢では降らなかったけど、きのう清里で10cmも雪が積もった」とのこと。ちょっとイヤな予感がしたが、「先週あれだけ人が入山したんだから、トレースが少しは残ってんだろう」と、ウトウトしながら聞き流していた。美しの森でタクシーを降りて、地獄谷へと向かう林道をただ黙々と歩いていく。仰ぎ見る赤岳天狗尾根や権現岳は、まだまだ遥かに遠い。雪の量やトレースは一週間前とほとんど変わらず、いいペースで赤岳沢の出合小屋に着いた。先週は3連休だったのでまるでここは赤岳鉱泉か?と思うほど人が多くてニギヤカだったが、今は誰一人もいない本来の静けさを取り戻している。
天狗尾根へとのびるトレースと別れ、旭岳東稜へのトレースを右手に見送ると、その先はまったくトレースが消えていた(!)。旭岳東稜へ行く単独のクライマーが輪カンを履いているのを横目に、トレースをあてにして輪カンをあえて持ってこなかった僕らは、内心「失敗したぁ!」と思った。「去年の夏から、『思いっきりラッセルがしたいなあ!』って言ってたじゃん。じゃあ玉ちゃん、よろしく! わたし今回腰が痛いからダメだ。」と、多鶴ちゃんにあっさりと言われ、以降ラッセル車として馬車馬のように働かされることになってしまいました。腰までのラッセルだ。でも、自分たちが誰よりも初めにトレースを作っていくというのは実に気分がイイものです。
権現沢左俣に入りしばらく行くと、巨大な門のような切り立った岩壁に挟まれたゴルジュ帯になる。高さは40~50mはあるだろうか?なかなかの迫力で、ソフトクリームみたいなふきだまりのなかで幻想的な景観である。ゴルジュを抜け、すぐ右手の扇状のルンゼが権現岳東稜の取付になっている。ルートは真ん中から左側よりにとるが、なんせ雪が悪い。新雪なのに表面パサパサ。中はグサグサでアイゼンだんご状態になるという、イヤな雪質に苦労しながら30分位かけて尾根上にようやく乗った。
今回は2日間しかないのでラッセルのタイムリミットが気になっていたが、このペースならなんとかなるだろう。とにかく今日は行ける所まで登っておこう!と先を急ぐ。尾根上はヤセている箇所もなく、特に問題はない。登ったばかりの旭東稜を右手に見ながら、コメツガ林の中、ただひたすらラッセルを続けていく・・・。そして4時すぎに標高2350m付近の幕営跡地にテントを張った。「よし明日はキッチリ登ろうぜ!」と7時に就寝。
2/18(日)テント場6:20 ナイフリッジ(バットレス基部の手前)8:00 権現岳11:40 青年小屋13:00/13:10 観音平14:50 料金所16:00=(タクシー)小淵沢駅前の入船食堂14:20/17:10 小淵沢駅17:12/17:33=(JR)新宿駅19:36/19:42=(JR)松戸駅20:30 快晴
「まるで春山のような、快適なクライミングなのです」
4時に起床。“サッポロ一番”を掻き込んで夜明けを待ちきれずに外に出た。今日も天気は良さそうだし、寒くない。ラッセルは続くよどこまでも…。深い所では胸を越えるほどにもなるけれど、雪が重くないのでさほど苦にはならない。権現バットレスが木々の間に見えていて、徐々に近づいてくるにつれて登攀意欲をあおられてくる。バットレスの基部の手前は急峻なナイフリッジになっている。
ここでザイルを出して、まず玉リードで50mいっぱいにのばして立木でビレイ。つづいて鶴リード、傾斜はさらに立ってくるし、フカフカの雪なので慎重にザイルをのばしていく。左上バンドのルートファインディングに少し手間取ったようだけど、強引に木登りをして立木でビレイする。「あとは玉ちゃん行ってくれぇ。わたし腰が痛くてダメだわぁ~。」と、姉ちゃん今回はなぜか弱気である。(あれれ?なんか張り合いないなぁ!)そこからは細いバンドをトラバースして、左側のスカイラインへと回り込む。
次の2ピッチがいよいよバットレスの核心部の岩場だ。古いハーケンが1本。黒く急な岩には雪は付いていない。ホールドは割とガバで、しっかりとしている。残置ハーケンと岩角へのタイオフでランニングビレイをとりながら登り、50mいっぱいで灌木でビレイ。岩のグレードは、小同心クラックと同じくらいに感じた。富士山に見守られながらの快適なクライミングだ。まるで春のように暖かくて、素手でも全然OKな感じ!?
「今日だったら、大同心雲稜も素手で登れそうだし、お買得だな。」そんな冗談を飛ばしながら気持ちよく攀じっていく。つづくピッチも玉リード。20mほどさらに岩が続いたあと雪稜になり、50mザイルいっぱいで立木からビレイをとった。後ろから来た東京YCC(?)の若者が二人、「ラッセル、どうもありがとうございました。」と言って追い抜いていった。(彼らは実は旭岳東綾に登っているつもりだったらしいのだ。ハ、ハ、ハ…)
ふと後ろを振り返れば、はるか下の地獄谷へ向かって僕らが刻んできたトレースがのびている・・・。頂上はもうすぐだ。林ちゃんと登った「赤岳の天狗尾根」、キジ坊と一緒だった「旭岳東稜」。そしてこの「権現岳の東稜」。八ヶ岳東面のスノーリッジはこれで3本目になる。いづれも思い出深いけれども、今回の山行は特に、自分たちだけで終止ルートファインディングとラッセルをしながら、しかも1泊で抜けることができた、という意味でとっても充実感を感じる。遠く北アルプスや中央・南アルプスがくっきりと見えている。吊るし雲がいくつも浮かんで、山には笠雲がかかっているし、そのうしろには厚い雲がひかえているところを見ると、好天も今日までなんだろう。ラッキー。
爽快な気分で先週と同じように、青年小屋を経由して観音平方面へと下る。この先、少しは期待していたトレースも残念ながらまったく消えていた。まだまだ気が抜けないし、最後の最後までラッセルを楽しませてくれそうだ。ギボシのトラバースを慎重に済ませれば、あとは危険な箇所はない。スピードを一気にあげて転がるように下っていく。下っていく--。
観音平。夏はここまで車が入るけど、今はまだ雪深く静かだ。このあたりは縦横無尽にシカ道が走っていて、いたるところに鹿のおどり場がある。そして無数の鹿たちによって木々や灌木はボソボソに刈り込まれている。「キョーン!」と近くで1頭の鹿が鳴いた。見ると、30mほど前を10数頭の鹿の群れが駆け足で横切ったあと、一斉に僕らを眺めている。ここでは彼らこそ主役で、僕らはヨソ者なのだ。もう一度「キョーン!」と鳴いた。「わかった、わかった。すぐに出ていくから…」と、僕らはタクシーの待つ、観音平口の料金所へと足早に降りていった。
満足度は85%。僕らが狙うルートとしては決してやさしいルートを選んだつもりはないのですが、好天に恵まれたせいもあって全然余裕のヨッチャン山行になった。2週続けて同じ山域のすぐ隣りのルートに入ったので、気持ちの余裕ができたのかもしれない。でも、もっともっと登り込まなければ…。簡単に登れてしまうのが初めからわかっているような、お買得ルートではなくて、計画段階からピリピリと緊張感があって刺激的なアルパインクライミングがしたい。山行日数が短いからとか、メいっぱい疲れなかったからとか、そういう理由だけで言ってるんじゃなくて。「自分たちの力でアルパインクライミングをしよう」と、先輩につれていってもらうような登山を否定している、ガイドレスの僕らにはなかなか難しいのですが、胃が痛くなるほどの緊張感をぶらさげて山にぶつかっていった時に、100%自分の力を出しきれて、さらにプラス20%の潜在能力が自然と引き出されてくるような、そういうドキドキする山行が続けていたい。そして、そのプラスの20%こそが“マイアルピニズム”を体感できる瞬間なのです。
2年に一度くらいはそういう山行にめぐりあえる。2年前の冬の前穂北尾根や3年前の冬の北鎌尾根、2年前の秋に行った甲斐駒ヶ岳の赤蜘蛛ルートなんかがそうだった。失敗したけれども、3年前に行った5月の北鎌尾根のときも。夏も冬もシーズンは短い。ボヤボヤしてると、あっという間に過ぎてしまう。年令による自分の体力の低下とともに、山は駆け足でどんどん逃げていってしまうのがわかっているのに、楽しいだけの山行をただダラダラとくり返していても仕方がない。もっと、お互いに刺激し合って山と向き合おうよ!でも、もし120%満足のいく山行をしたとしても、その充実感がそうは長くは続かないっていうことも僕らは知っている。だから、さらにその上の“マイアルピニズム”を求めて、また山へ行く。そのくりかえし・・・だ。
<特記事項>
■ 装備について
- ザイルは9mm×45m、1本でもいいかも。
- 支点は木からとれる。スノーバーもデッドマンもいらない。ハーケンもいらない。
- 輪カンは状況にもよるだろうが、今回はなくても大丈夫だった。
- ペツル社の新製品、「ティカ」(ヘッドランプ)はなかなかすぐれものだ。LED(発光ダイオード)を採用し、替え電球はいらず、重量は手のひらにスッポリと入る大きさで70グラム。光りは蛍光灯なみに明るくて、12時間は歩行可能。テント設営くらいなら24時間もつ。いづれ、ランタンは無くなるかもしれない(?)単4電池3本使用。通常のヘッドランプは電池が消耗すると突然フッと消えてしまうが、これは徐々に暗くなってくるので、電池の替えどきがわかりやすくて便利だと思う。これは「買い」だ。
- ツェルトよりもテントがいい。旭岳東稜と比べると、尾根が広いのでテン場に恵まれている。2350m付近まで張れるが、それ以上は張れる所はないと思う。
■ その他
- タクシーの運ちゃんいわく、「美濃戸口へ行くときは、茅野駅からじゃなくて小淵沢駅からでも近い」んだそうだ。さほど料金が変わらないなら、電車代も安いし、早いので、意外と耳寄り情報かも。
- 小淵沢駅前の入船食堂は冷酒と食事がおいしくて、アットホームな感じでおすすめ。
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