<山行報告書> 誰もいない、静かな雪稜クライミング
4/27~29 北アルプス 不帰Ⅰ峰尾根主稜
メンバー:L坂本多鶴、SL.玉谷和博(記)
実を言うと、このルートには特に思い入れもなかったし、あまり期待もしていなかった。今年のGWの目標はあくまでも後半戦の剱尾根にあったから・・・。「白馬主稜・北鎌尾根・剱八ツ峰主稜・鹿島槍東尾根など、ポピュラーなトコは全部登っちゃったよ。という人にぜひお薦めの渋いルートだ。」誰かのホームページに書いてあった。
「プレ山行ならA1の壁がある雪稜ルートにしようよ。」「不帰東面は行ったことのないエリアだから行ってみたい。」というわけで、そんな位の気持ちで山行に臨んだ。計画リーダーの多鶴ちゃんも同じようなものだったと思う。
4/26 (金) 松戸駅22:00=(JR)新宿駅23:50=(JR)
4/27(土) 白馬駅5:37/6:20=(バス)八方6:30/7:30=(ゴンドラリフト)八方池山荘8:00/8:15 上ノ樺下降点10:30 I峰尾根末端(奥ノ二股)12:30 快晴[テント泊]
「ガスを抜けると、そこは雲上の別世界だった」
夜行の急行アルプスで白馬入りし、スキー客に混じってバス・ゴンドラ・リフトと乗り継いでいく。雪は少なく、おまけにガスであたりは真っ白。リフトに揺られながら、先行きが心配だなぁ…と思いきや、突然視界が開けてピーカンの青空と残雪をまとった後立山連峰のでっかいパノラマが目に飛び込んできた。雲の上はまるで別天地である。残雪の山は、冬期登攀のアプローチの時のようななんとも言えない重苦しい雰囲気はまるでなくて、ただただ明るくって気分がイイ。リフトを降りてなだらかな八方尾根をのんびりと行く。
唐松山荘がまだ営業していない(注・29日より営業)せいもあってか登山者は少ない。八方池から下ノ樺を通って、約2時間のアプローチで「上ノ樺」に着いた。ここからは登山道から外れて、唐松沢に向かって長くのびる八方支尾根をひたすら下降していくのだ。左手には不帰東面の雪稜が眺められる。最も長いリッジが不帰Ⅰ峰尾根。取付きになるP1・P2間ルンゼの傾斜がやたらと急に見える。「断壁」はあの黒く見えるトコだろうか?雪はクサッていて非常に悪く、所々にある(ヒドン)クレバスにも気を遣い右往左往と、ヒヤヒヤしながら下降していく…。トレースはまったくない。
八方尾根から約2時間。尾根が痩せて急になる所から広いルンゼを選ぶと、唐松沢と不帰沢とが分かれるⅠ峰尾根の末端部「奥ノ二股」に降り立った。まだ昼だけど、この日はゆるんだ雪の状態を考えてここに幕常することにした。
4/28(日) Ⅰ峰尾根末端6:30 P1・P2のコル8:30 断壁12:00 ジャンクションピーク20:00 快晴のち曇り[テント泊]
「断壁を越える。そしてまた、くたくたの残業だ。」
昨日の夜は頻繁に落ちる雪崩の音にビビッてあんまり眠れなかった。岩肌からゴソッと剥がれるのか稜からのブロックが落ちてくるようだ。(日中よりも明け方に多いのは気のせいだろうか?)はるか上方を睨みながら予定通りに唐松沢側のP1・P2ルンゼをアプローチとする。思ったよりも傾斜が緩くて雪も安定したルンゼを一気に上がると、Ⅰ峰尾根の主稜上はいきなりのナイフリッジになっていた。不帰沢側は恐ろしく急に見える。
P1・P2のコルからは急なブッシュの稜上を避け、いったん不帰側の雪壁を回り込んでから主稜上へ。ここはとても広くて幕営可だ。その先はザイルを1本だけ出してスタッカットとコンテを交えながら進んでいく。雪で覆われたP2で一旦大きく下降し、雪の剥がれてきているP3を不帰側から登り左上してP3へ。
いよいよ核心部の『断壁』が目の前いっぱいに立ちはだかってきた。ここでじっくりとルートを観察する。垂壁が露出している部分(A1)は雪が多ければ左に回り込んで緩い凹角も登れるそうだけど、今は雪が少ないので正面を突破するしかなさそうだ。それから、さらにその上も問題になるだろう。崩れかけた「きのこ雪」が細いリッジ上に不安定に乗っかってる、いかにもヤバそうなピッチが続いている…。右か?左か?真上を行くのか?悩むところだ。ダブルザイルをハーネスに結びながらしだいに緊張感が高まってくる。思い返してみると、先行パーティも(もちろん後行も)なくトレースもまったく無い雪稜というのは僕らにとっては初めての経験になるかもしれない。先行パーティのトレースを辿っていけば何んとなく登れてしまうような登山は「ルートファインディング」ならぬ「トレースファインディング」であって、そんなものはあまり魅力がない。いわゆる「連れてって登山」や「ガイド登山」となんら変わらないようにも思う。アルパインクライミングはもっと知的なゲームであるはずで、すべて自分のカで目の前の障害をひとつひとつ解決しながらルートを拓いていくところにこそ醍醐味や、面白さがあるんだと思うのです。
まずはナイフリッジから垂壁の基部でビレイ、8mほどある垂壁はコーナーにクラックがのび、残置ハーケンはないが長い残置シュリンゲがぶら下がっている。(鶴リード、A1)急な台座の雪はスカスカと崩れて足場にならないので、空身で登って後から荷揚げすることにした。残置シュリンゲにアブミを掛けて直上したあと、頭を押さえられる小ハングを左から回り込む所が、ピンがないうえに左壁のスラブはアイゼンでガリガリ掻いてもスタンスを捕らえることができないので苦しい。たまたま見つけた残置(!)キャメロットをボトミングし、ハーケンをナッツ替わりにしてなんとか強引に越えていった。さらにその上、階段状のガレのナイフリッジを通ってビレイ解除になる(20m)。
次の『断壁』2ピッチ目は玉リード。リッジを不帰沢側から巻き込む雪の不安定なトラバースで、こまめにブッシュでランニングビレイをとりながら、さらにブッシュを足がかりにして稜上へ(40m)。3ピッチ目、唐松沢側のブッシュのルンゼを鶴リードで20m。傾斜の強い(70度)急雪壁を不帰沢側から登る4ピッチ目は玉リード。傾斜は見た目よりもきつくて、胸元につかえる雪を掻き落しながらの苦しい登行になる。雪はグサグサで状態は非常に悪い!やわらかくてダブルアックスはぜんぜん効かないし、アイゼンは何度蹴り込んでも踏み固めようとしてもバサバサとむなしく崩れていくばかりで時間だけが過ぎていく。この時期のこの山域はいつもこんな感じの雪質なのだろうか?それとも今年は異常な暖冬が続いたせいなんだろうか?体重をうまく分散させるように微妙なバランスでジワジワと体を上げていく。ガシガシと登ろうものなら、たちまち足元の雪ごと雪崩れて、不帰沢まで一気にたたき落されそうだ。ところどころに出てくる細いブッシュがありがたい。さらに、痩せたナイフリッジはプロテクションがとれないので危険きわまりないナーバスな登攀がつづく。(40m)
5ピッチ目は、雪キノコを唐松沢側から回り込んで雪壁を40m登り、ハーケンを2本打ってビレイ。6ピッチ目もアンバランスで急な雪壁を40m登って窪みでビレイ。次の7ピッチ目は登り出しの数歩がスタンスの少ないスラブ状の岩。1ピッチ目の垂壁のリードと荷上げで多鶴先輩は腕力を消耗してしまったらしく、ここのリードは俺に交代。雪壁の中のブッシュを掘り出しながら時間をかけて丁寧に登る(40m)。ここもかなり神経を使わせられ、いよいよあたりは暗くなり始めていた。陽が落ちると暗くなるのは早い。
雪壁はずっと上へ続いていて、ビレイをとらなければ立っていることもできないほど傾斜が強く、とてもテン場になりそうもない。さらに8ピッチ目は凹状となったブッシュまじりの雪壁を20m登り、太いダケカンバでビレイ。9ピッチ目。暗闇のなか左上にボンヤリと見える岩の所に生えた灌木で中間支点をとって雪壁を回り込んでザイルをのばしていく。
この急な雪壁はいったいどこまで続いているんだろうか?もうくたくたに疲れきってしまった。もう勘弁してほしかった・・・。ランニングビレイは1本しかとってないないはずなのに、ザイルが重くってたまらない。と、気がついたら傾斜はガクッとおちてきていて雪面はゆるやかなカーブになっていた。20時。暗くてよくわからないけどジャンクションピークだと思う。やっとテントが張れそうな場所にたどり着いた。気がついたらザイルがガチガチに凍ってしまっていた。2人ともとても疲れてはいるけれど、雪面が割れている所に掘った雪を埋め込んでていねいに整地してからテントを設営。眠りについたのは22時。星空と、遠くに白馬の町の灯りがあたたかそうに見えていた。
4/29(月) ジャンクションピーク6:40 不帰I峰頂上10:30 唐松岳14:15 唐松山荘14:30/14:40 八方池山荘 16:10=(ゴンドラリフト)八方16:40=(タクシー)白馬駅16:50/17:10=(JR)新宿駅21:06 快晴
「不帰・・・。想像以上に面白い!」
テントから顔を出すと山々は赤くモルゲンロートに染まっていた。今日も快晴。核心部の「断壁」は越えたけど、行く手はまだまだ油断ができないのでザイルを結び合って出発する。交互に現れる急な雪壁とリッジ上をコンテをまじえながら9ピッチほど行く。雪は早くも腐ってきていて相変わらず神経を使わされるけど、どんどんと近づいてくる主稜線を見ながら気分は踊る。不帰Ⅱ峰の頂上付近に久しぶりに登山者(3人パーティ)の姿が見えるが、かなり手こずっているみたいでなかなか進まない。不帰ノ嶮の通過にもけっこう時間がかかりそうである。
最後のピッチは、かなり傾斜の強いブッシュ壁(40m)。ダケカンバでビレイして低灌木のブッシュをつかみながら一気に登り小さな雪庇を切ると、涼しい風と一緒に、まだたっぷりと雪が残る黒部源流の山々と堂々と聳える剱岳の姿が目に飛び込んできた。振り返れば登ってきた俺たちだけのトレースがはるか下の方へのびている。ハイマツでビレイし、多鶴ちゃんがフォローで登ってくるのを待って完登を祝う。
あとは不帰ノ嶮を通過して八方尾根をただ下っていくだけだ。主稜線上と黒部側はほとんど雪が付いてないが、不帰Ⅱ峰付近の信州側から大きく巻く箇所は、広範囲にわたってグサグサに腐った雪がたっぷりと残っていた。しかもここは鎖、ハシゴなどがある悪場だけど、先行パーティがいるというだけで精神的にラクだ。「トレースがある」というのは、なんて安心感があるんだろう、と改めて思った。3ピッチほどザイルをのばす。それでもけっこう時間がかかってしまった。先行がいなかったら、もしかしたら今日中に帰れなかったかもしれない。
唐松山荘では小屋番が総出で屋根の雪おろしをしていた。僕らはとても疲れた体から窮屈なハーネスをようやく脱いで、自動販売機で買った冷えたポカリスエットを飲み干すと、急ぎ足で八方尾根を駆け下っていった。
「想像していた以上に面白かったな!」というのが登ったあとの感想…。冒頭に書いた、「このルートには思い入れもなかったし、あまり期待もしていなかった。」というのは、もちろんガイドブックや、インターネットでルートの情報はたくさん集めて目を通してきたけれど、「どこの山岳会の誰それが初登攀して、どんなドラマがあって」とかいったそのルートにまつわるエピソードとか歴史みたいなものはまったく知らないで行ったという意味です。恥ずかしながら、不帰Ⅰ峰尾根主稜がそんなに名ルートだということも(その名前すらも)知らなかった。「思い入れたっぷりで登る」という、いつもの俺達らしくない山行だったような気がします。だけど内容は濃くて素晴らしい山行だった。今回は他にパーティがいなくて、トレースもまったくなかったこと。雪の状態も非常に不安定だったし、岩壁(アブミA1)あり、ブッシュ壁あり、ナイフリッジあり、と盛りだくさんだったことで、久しぶりに頭も身体も(神経も)フルパワーで使う山行ができた。緊張感が張り詰めた、あの時間がイイ。無心に、ただ自然と向かい合っている感じがイイ。充実感たっぷり!たっぷりすぎて、疲れきってしまったのでGW後半戦の剱岳の剱尾根主稜はパスするというオツリまでついてしまいました。いつかまた目指したいと思う。
<特記事項>
- 不帰東面、五竜東面、鹿島槍などの後立山連峰の信州側の各登攀ルートは、アプローチが便利なので週末にしか休みのとれないサラリーマンクライマーにとってはありがたい。ルートはコンパクトながらも内容が濃いので、これからももっと通いたいエリアだ。
- 岩場でのザックの荷上げは今回はジジで引っ張り上げたが、次からはウシバ社製のウォールホーラーを標準装備にしようと思う。
- スキー場のリフトの運行時間は必ず調べておくべし。