2007/あるむ
“戦後登山史の幕開けを飾るビッグクライム”、穂高屏風岩正面壁(中央カンテ)初登の全貌を記した名著 『屏風岩登攀記』の新装復刻版です。
初版(昭24/硯学書房)も持っているし、再販モノも以前に読んでいるはずだったので、今回の新装版には別に気に留めなかったのですが、『新編・風雪のビヴァーク』に続いてまたまた油断してました。さっそく購入。
う~ん、まず装丁がイイ。表題のロゴに初版と同じものを使っていて、しかも中扉に初版の表紙と同じデザインを配しているところに、旧著への愛着とセンスの良さを感じます。久しぶりにじっくりと読んでみましたが、これが実に面白い!確かにある意味「しつっこさ」は気になりますが、読み進めていくうちに研究者らしいこの「しつっこさ」=「執念とも言える粘り強さ」こそが氏の真骨頂であり、その後のナイロンザイル事件をめぐる一連の闘争を知るにつけ、風雪に抗して逞しく生きるダケカンバのような石岡繁雄という男の生き方に惹かれてゆく。
戦後まもない頃の話だ。わが国最大の登攀不可能と言われていた未踏の大岩壁に、貧弱な装備でパズルを解いていくように弱点を探しながら何度も攻撃を続ける著者たち。軽くて便利な最新のギアで武装して、溢れんばかりの情報とルート図を片手に残置ファインディングしながら登るような私たちのクライミングとは、根本的に次元が違う!冒険的なクライミングの本質がここにはある!
本編はもちろんだが、初版以降に追加されたⅡ部(その後の屏風岩)、Ⅲ部(戦後の登山の思い出話・墓参ーナイロンザイル事件の一断面)も興味深い。このブッシュを利用した初登ルートは中央カンテ・インゼルルート(別名・木登りルート)と呼ばれるラインだが、その後本格的な人工登攀の時代に入ると、スッキリとした東壁に主役の座を奪われてしまう。「ボルトが発明された瞬間、あらゆる壁の不可能性は消え、したがって、いかなる“ひらめき”も必要なくなったように感じた。」と大きな喪失感とともに筆者は綴った。
PS1;本書は昭和24年の初版以来、著者のこだわりから何度か大幅な加筆・訂正をくりかえしながら版を重ねてきた。初版と比べるとかなりのボリュームになっているのがわかる。この度の新版は、著者が平成18年に亡くなったあと、その意志を受け継いだ二女の石岡あづみ氏の手によって装いも新たに復刻された決定版です。また、『バッカスの部屋 ・登山家 石岡繁雄の一生』というサイトも同時に開設されているので、興味のある人は覘いてみるべし。
ちなみに“バッカス”というのは著者の旧制八高時代のニックネームで、ギリシャ神話の酒神。本人は「山ばっかりで、バカばっかりやっているからバカの複数形」と語っている。
PS2;『岳人 №485』 初登攀物語23(文・大内尚樹、写真・小川清美)に、「前穂ナイロンザイル事件から32年 安全登山に一生をかける」と題して石岡繁雄が登場している。この2年24回にわたる連載については、当ブログで以前にも書いたけど、文はもちろんのこと写真がイイそして人選ともに素晴らしい好企画でした。ぜひ一読あれ。
----------- 国内唯一のクライミング専門誌と言われる『ロックアンドスノー』に、小川登喜男・石岡繁雄をはじめ吉尾弘や南博人・松本龍雄・長谷川恒男らが、その多大なる業績とともに紹介される(された)ことは、まず無い。このことは『Alpinist』など海外誌に比べると実に恥ずかしいことだし、とても残念だ
歴史を知らずして未来はない。クライミングという文化を次世代につなげるためにも、偉大な先達をリスペクトし丁寧に一人づつ紹介していくような資料性のある重厚な連載をロクスノでもぜひ企画できないものだろうか?ピオレドール賞を受賞するような若くて優れたクライマーが増えて、アルパインクライミングが久々に脚光を浴びている今だからこそ必要なのではなかろうか、と思うのですが…。
くだらん連載は紙の無駄だからとっととやめてもらって、遠藤甲太氏とか大内尚樹さんを編集部員に招いて“クライマーの系譜”をガッツリと(しかもカラーページで)載せてもらえたならば、かつての『岩と雪』 や『クライミングジャーナル』のように少しは評価される雑誌になるのではないかと…、密かに期待しつつ……。 まぁ、土台無理か。
以上、ボヤッキーになってしまひました
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