昭和39/実業之日本社
名著『山靴の音』(昭34/朋文堂)につづく芳野満彦(本名=服部満彦)の2作目。文学的な香りさえする前作と比べると、かなりラフに書かれたという印象のエッセイ集…、というよりも雑文集。この手のアクの強い“芳野節”は個人的には苦手なのですが、『山靴の音』に出てくる小屋番時代や初登攀の裏話が読めるのと、1963年に真っ先に渡欧して日本人クライマーとして先鞭をつけたアイガー北壁試登のようすが綴られている(『ぼくのアルプス記』)という点では興味深い。
あとがきで、「この本は、ふたたびアイガー北壁を登るための資金の一部として出版されたものです。 ~ この本のネライは、一人でも多くの人が山好きになり、また山登りとはタノシク、意外にユカイで人間的なものだということを知っていただくため ~ (中略) ~ この本に出てくる文章は1回15枚として、全部1晩で綴った一夜づけのものばかりです。ですからおよそ文学的とか芸術的な、いわゆる文章の上での作品なんてものは一篇もありません。」と、かなり“やっつけ仕事”な編集だったことを告白しているが、意図的に前作とは違う芸風の本を作ろうとしたようでもあります。山一色の生活だった青春期に記した、瑞々しい前作から5年。「結婚・就職・子育て」という、いわゆる“人生の三大北壁”を迎えた生活環境の変化と、変わらぬ山への情熱との間で もがく姿が垣間見えます。
なお、本書が出版された1964年には大倉大八とともに2度目のアイガー北壁試登を行い、翌1965年には渡部恒明をパートナーに、日本人としては初めてマッターホルン北壁の登攀に成功した。この年は、前年に海外渡航が自由化されたこともあって、RCCⅡ同人ら大勢の日本人クライマーが欧州アルプスに渡り、ヨーロッパ三大北壁などで成果をあげた。これらの報告については、『挑戦者 ‘65アルプス登攀の記録』 第Ⅱ次RCC編(1965/あかね書房)、『われ北壁に成功せり』 服部満彦(昭41/実業之日本社)に詳しい。
PS;「どもども。気が付いた?この本の値段は、この絵葉書代だよ。」と言って穂高書房のオヤジさんは、ヒゲをなでながらニヤッと笑った。本に挟み込んであった絵葉書(写真下)はエアメールで、差出人はなんと大倉大八氏。2度目のアイガー北壁試登の際に、第二雪田付近で落石に遭い、登攀を断念した旨が書かれています。
こういう思いもよらないオマケ(お宝かも?)との出会いがあるのも、山岳古書の蒐集の面白さです。
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