「行為」は「ひなたの山」、「思索」は「日翳の山」と考えて、これは車の両輪の如く、離そうとして離れないし----登山がスポーツの王とされるゆえんもここにあり、書名にしたわけです。
どうやら一生を通じて「山」を離れてものを考えられないぼくの生涯にあって、山にある日は「ひなたの山」、街にある日は「日翳の山」、そうしてこの写実と抽象の二つをらせん形によじ登ることによって、さらにその頂に、毅然と光っている形而上の真の「山」に到達するルートを発見したいとこいねがっているともいえます。
戦前は日本登高会のリーダー、戦後はRCCⅡの代表として活躍した名クライマーで、画家でもある上田哲農(本名・徹雄)の古典的名著。登攀記あり、紀行文あり、詩や散文・エッセイあり…、円熟した筆致の絵と文とが絶妙で素晴らしい。上質な短編小説集を読んでいるようで、飽きさせることなく読む者を惹きつける。また、本業である水彩画についての話や、家族の話なども山と絡めながら織り込まれていたり、死をモチーフにした話も少なくないせいか、重厚な“大人の山の画文集”に仕上がっている。
中でもやはり、代表作「ある登攀」は珠玉の一編です読むべし!他にも、母の愛情を綴った「守護符」、亡き娘との他愛のない思い出のひとこま「鉄の蜘蛛」、ミステリアスな「習慣」。幻想的な「蝶とBivak」なども絶品だ。
同じく名クライマーでもあり、画文集『山靴の音』の著者、芳野満彦は、「『日翳の山 ひなたの山』を手にしたときから、もう自分の山登りも絵も続けて行く自信を失うほどの大ショックを受けた。とにかく、一人の人間の生きざまを狂わした書物はない。」と、強い影響を受けたことを本書文庫版のあとがきで告白しています。
ちなみに、著者の没後に出版された中公文庫版(昭54/中央公論社)は、カラーページの美しい水彩画「深秋の不帰岳」・「ある登攀」・「越後湯沢にて」・「鵺」・「信濃大町展望」・「長次郎谷残照」・「北の街」が、残念なことに全てカットされてしまっている。これは痛い。画集でもあるのに肝心の絵をカットするなんて…。また、「雨の丹沢奥山」・「岩小舎で」・「蝶とBivak」などのモノクロの絵もない。さらに、「北岳にて」や「ある登攀」などの迫力ある大きな絵も、ページの都合で小さくレイアウトされてしまっている…。こういった画文集は、やはり文庫本ではダメだ。
山の本好きは、ぜひとも初版オリジナルで読んでほしい。本書の初版は、製版・印刷・造本には特にこだわった「朋文堂山岳文庫シリーズ」の第十一巻として刊行された。堅牢な貼箱入り。装丁も筆者。しかし、定価1200円は高すぎた(現在のお金に換算すると22000円位?)のか、当時はどうやらあまり売れなかったようです。
※画像右上は、表紙見返しに描かれた絵入りの識語とサイン。「岩と雪との涯にあった ぼくの青春の日を 哲農 1958年10月」とある。こういったお宝署名本との出会いもあるから古書蒐集は楽しい。
著作は他に、『山とある日』(昭42/三笠書房)※100部限定本あり、『たのしい造形 水彩画』(昭43/美術出版社)と『水彩画教室』(昭44/鶴書房)。氏の没後に新たに編集されたものとして、『きのうの山 きょうの山』(昭55/中央公論社)と『上田哲農の山』(1974/山と渓谷社)がある。
PS1;朋文堂初版には3つのバージョンがあるので、古書購入の際には注意が必要だ。ハードカバーの本体は同じでいずれも初版には違いないが、①堅牢な貼箱に入ったオリジナルの他に、②簡素な印刷がなされたペラペラのキカイ箱入りのものと、③単にカバーを掛けただけのものとが存在する。これは書店で売れ残り、版元に返品された汚れた本を再販する際に新装を繰り返したためで、もちろん①の堅牢な貼箱に入ったものがベストです。
PS2;お宝自慢ついでに2点紹介。画像左は、第二次RCC編『挑戦者-‘65アルプス登攀の記録』(昭40/あかね書房)に描かれたサイン。画像右は、『日本の岩場-グレードとルート図集』(昭40/山と渓谷社)の表紙見返しに使用された原画『太陽を掴む者』。ラフに描かれたようなイラストでも、非常に繊細に描かれていることがわかる、貴重な資料です。
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