昭和42/三笠書房
すごい“お宝本”を手に入れてしまった! 20年間も山岳書を蒐集していると、こういうラッキーチャンスに巡り合うこともあるもんだ。
『山とある日』は、『日翳の山 ひなたの山』 (昭33/朋文堂)に続く上田哲農2冊目の画文集で、100部限定の特装本がある。手に入れた1冊は、故・安川茂雄氏(RCCⅡ・三笠書房)旧蔵の本で、著者により本文のカットすべてに手彩色された究極の逸品なのです。
この本の存在は、『上田哲農の山』(1974/山と渓谷社)の編者・安川氏によるあとがきを読んで知ってはいたが、まさか“それ”が自分のものになろうとは、いや、目にすることさえできるとも思ってもみなかった。『上田哲農の山』は現在絶版になってしまっているので、少し長いが本書に関するエピソードについて語った、そのあとがきの一部を抜粋してみる。
~『山とある日』には百部の限定本が刊行頒布されているが、その一冊を上田さんから拝領している。百部の第参番で、署名の外に、「限りなき感謝をこめて、安川茂雄様」とあり、さらに「山の涯てに『山』ありて/きょうもまた…」という四行の短文が記されている。実に懇切な署名文だと思うのだが、それ以上にこの著者の誠実なというよりも表現しがたい異常な(?)…という外のない私への厚志は生涯でいくどと味わうことのない体験であったろう。特製本も本文ページの紙質がいくらか上質であり、表紙が茶色の裏皮であること以外にさして普及版とちがいがないのだが、私の一冊には一巻全ページの挿絵に画伯が水彩で(むろん手書きで…)色を入れてくださったのである。殊更にお願いしたわけではないのだが、十日間もかけたということで、私にこの一冊をくださった折に、「この一冊に十日間かかったんだぞ」といくらか怒ったように言われた。一体どういうことなのか私は一瞬分からず怪訝な思いでいたのだが拝領した『山とある日』のページをみて瞠目せざるをえなかった。まさに十日間の画伯の私への底知れぬおもいを胸底深く感じたのである。この一冊は山にまつわる私の山のお宝の屈指といえるだろう。だが、いけないことは山好きの来客がみえると、ついこの画伯の一冊をみせたくなるのである。
その私の心情は単なる一人の山好きの自己満足だけではないと思う。又、同時に虚栄のためでもなく、上田さんが十日間をかけて丹精こめて一ページ、一ページ水彩を私のためにつけていただいた一冊の山の本は、すでに山の本の次元を離れて、私の山における一人の“師表”の辿った一筋の嶮しくも甘美な道なのだと思うのである。
外装のダンボール箱には、安川氏により赤ペンで『本文総頁著者彩色三冊之内三番』と書かれている。本書を何度も何度も手に取り、嬉しそうにページを捲りながら無邪気に喜んでいる安川茂雄氏の顔が目に浮かんでくるようです。
登山文化の貴重な資料(というか、ひとつの芸術作品といってもいいかも)を、次代へ繋げるためにも大切に保存しなければ…、と心して思う。
PS:山の画文集と呼ばれる本のうち、特に読んでもらいたい名著を挙げておきます。
『霧の山稜』 加藤泰三(昭16/朋文堂)
『日翳の山 ひなたの山』 上田哲農(昭33/朋文堂)
『山靴の音』 芳野満彦(昭34/朋文堂)※500部限定本の他にも50部の特装限定本あり
『山からの絵本』 辻まこと(昭41/創文社)※特装限定本100部あり
『山で一泊』 辻まこと(昭50/創文社)※特装限定本100部あり
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