著者の井上進は赤蜘蛛同人の代表を務めた名クライマーである。「一本のザイルを登り下りする赤石沢のクモ」を名乗った赤蜘蛛同人は、甲斐駒ヶ岳赤石沢に未登の大岩壁が眠っていることを“発見”した氏がここに長大なルートを開拓しようと、木下義雄(五郎)・松見親衛らと5名で1971年に結成された。ダイヤモンドフランケA・Bと奥壁の新ルート開拓および、これら三つの岩壁の継続登攀(厳冬期も)。さらに海外では、モンブラン・プトレイ岩稜のクーロワールに先鋭的なアイスクライミングで、井上=松見ルートを拓く。これら一連の活動は大きく評価されて、1974・75年度の“山渓登攀賞”を2年連続して受賞。そして、設立時の目的が完了したとして1975年に潔く解散した。
本書は松本龍雄の『初登攀行』と並ぶ登攀記の名著だと思うのですが、あまり紹介されずに、再版も、文庫にもなっていないのが残念。登攀中の緊迫した描写と他愛ない出来事を綴ったユルイ文章とが織り混ざり、読む者を飽きさせない。とくに「遭難と私」は、事故ってしまったパートナー松見親衛とともに必死で救出するリーダーとしての姿を、お互いの心情を通して描いた感動的なヒューマンドキュメント。キューーゥっと胸を締めつけられるようで、ぜひ皆に読んでもらいたい一文だ。
PS;『岳人 №477』初登攀物語15(文.大内尚樹)に、井上進が紹介されている。また『岩と雪 №44』現代の登攀を語る-という座談会では、柏瀬祐之・渡辺斉・岩崎元郎の各氏とともに、「山岳会と同人」「氷壁登攀」「遭難」などについて明快に語っているので併せて読んでみると興味深い。ちなみに、雑誌『岳人』に連載されていた「初登攀物語」という連載は2年間で24人、新旧の名クライマーにインタビューして近況なども紹介した好企画だった。吉尾弘・松本龍雄・南博人・柏瀬祐之・三沢澄男・池学など…、面識のある人たちも多く登場しているのでぜひ読むべし。
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